□きみがすき
1ページ/1ページ



一松くんのどこが好きなの、と友達に聞かれた。友達の顔は苦いジュースでも一気に飲み干した後の様な表情で、人の彼氏に対して失礼だと思う。ストローを噛みながら答えに渋っているとやっぱり無いんじゃん、と笑いを含めた声で言う。やっぱり失礼だ。

「**ならもっと良い人がいるのにー」
「私は一松くんが好きなの」
「今ならまだ合コンの空きあるよ」
「行かない」
「一松ってまだ就職してないんでしょ。合コン相手はなんと公務員だよ!」
「行かないってば。それに、就職先はこれから見つけるから良いの」
「はぁ、**は自ら苦労の道を進むのね」

未だストローを噛んでいる私とは対称に、友達はコップの中のアイスティーを一気に身体へと流し入れる。外では夕陽が隠れるようになり、少しずつ街灯の明かりが見えて夕暮れの気配を感じる。今日は御互いに長居をするつもりはないため、私も潰れたストローを邪険に感じながらアイスティーを飲み干し、身支度を整えた。

「ま、**がそれだけ好きなら応援するよ」
「え、まじで」
「その代わり、**を泣かしたらあの六つ子全員を連帯責任で泣かしてやるから」
「あはは、泣くなんてないから大丈夫だよ。でも、ありがとう」

何だかんだ言っても、彼女は私を心配してくれる大切な友達だ。一般的に見れば、そろそろ結婚を意識する年齢の私が無職の彼氏と付き合っているなんて無謀な事であるし、友達が私と一松くんを別れさせようというのも可笑しいことではない。
会計をしてから店を出る。家が反対方向にある友達とはまたラインするね、といった言葉を交わしてからその場で解散した。明日は月曜日だし、家に帰ったら数日分の料理の下拵えをしようと考えながら帰宅路を歩いていると、目の先に紫色のパーカーを着て猫背に歩く彼を発見した。

「一松くん」
「ん、ああ**か」
「偶然だね、もう帰り?」
「一応」
「じゃあ一緒に帰ろ」

特に返事のない彼の横を、勝手に陣取って歩き出す。まさか会えるとは思っていなかった為に、嬉しさから自然と口が綻んでいると、一松くんは自身の左を指差しながら数少ない口を開いた。

「…こっちの方が良いんじゃない」
「え?あ、うん。そうする」
「あとそれ、重いんだろ」
「まぁ少しだけ、って、そんな良いよ一松くん!」
「見てるこっちが重いし」

車道側を歩いていた私に、自動車の通らない左側を歩かせる。更に、私の手に持っていた紙袋を奪い、自身の手に持ち変える。何だか悪い気はするが、彼はこういう時にしつこくされるのが嫌いなので、私は素直にありがとうと受け取った。其れから数分が経ち、私と彼の家の境目となるT字路へと突き当たった。

「一松くんありがとう、じゃあここで」
「このまま送る」
「でも、」
「うるさい」

一松くんは私の家がある方向へと歩き続け、私はそれについていく。ここら辺では最近、変質者が出るという貼り紙が出されている為、正直言うと一人で帰るのは少し怖かった。多分彼は、そんな私を心配して一緒に帰るなんて言ってくれたのだろう。

「ふふ」
「何笑ってんの」
「んーん、何でもない」

歩道側へ移動させたり、荷物を持ってくれたり、貼り紙の注意を私の問題として受け止めてくれたり、彼はぶっきらぼうに見えて実はとても優しい。私はそんな彼のギャップが大好きだ。友達に言ったら信じて貰えないだろうけれど、その優しさは私だけが知っていればいいや、なんて独占的な事を考える。

そんなことを思いながら一人で笑っていると、彼は気味の悪そうな顔をして気持ち悪いんだけど、なんて言い放った。でもね、私はそんな貴方のことが大好きです。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ