□ごめんね
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「おそ松なんて、嫌い」

漫画を読みながら炬燵で寝転んでいる彼を見て、私は上記の言葉を発する。いきなりの私の発言に頭が追い付いていかないのか、漫画を読む手はぴたっと止まり、目を丸くして私を見る。

「**、何冗談言ってんの?」
「冗談じゃないよ」
「何で?ニートだから?童貞だから?昨日競馬負けたから?」
「違うんだって」
「…じゃあ何。お兄ちゃん、**に嫌いって言われるの結構来るんだけど。こう、心臓にぐざっと」

ナイフを持つような手付きで自分の心臓に目掛けて刺す振りをし、口調は何時もと変わらずふざけたままだ。こちらは真面目に話しているのに、もう少し私に寄り添ってほしい。言いたいことが多すぎて、頭がぐしゃぐしゃになる。その時にはもう、私の口から言葉が溢れ出ていた。

「っ毎日えっちなビデオ見たりトト子ちゃんっていう幼馴染みがいたりして目が肥えてるのは分かるし、私だって大して可愛くないけど、もっと、もっと優しくされたい!」

「でもおそ松って、そんな気持ちに全然気付いてくれないしっ、こ、の前だって…っ、私の前で綺麗な人にナンパみたいなことするし、」

「それにっ、デートだって家ばっかで、たまに二人で出掛けられると思ったら…皆もいる、し」

一度切り開いたら口が止まらなくなり、言わなくて良かったことまで溢れてくる。そんな私の様子を見て、おそ松の開いていた口が一つの線のようにきゅっと締まった。珍しく、というよりもはじめて、私の顔を真顔で直視する。そんな彼の様子が怖い、と思えば思うほど私の口は止まらなくなる。

「会話だってそう、最近全然好きって言ってくれなくなったし、元々そんな言われてないけど…」
「…」
「…私、嫌なの。毎日こんなことばかり考えて、日々面倒臭い女になる自分が。デートももっと行きたいし、その、もっと、いっぱい、触りたいし」
「…」
「でも、1年経ったけど私たちまだ手だって、」
「ストップ」

私を真顔で見つめていた彼が、急に俯いて私の顔の前に手のひらを向ける。一方的に私が話しているだけなのに、止められたという事実に自分勝手な怒りが込み上げてくる。

「は、はぁ!?何で、」
「ダメダメダメ。**良いからストップストップ。どうどう」
「…っ動物みたいに…!せめて人の顔見ながら言って、よ」

その行き場のない勝手な怒りを、俯いて手で顔を塞ぐ彼のもとに持っていく。…恐らく、私のヒステリックさに呆れられたんだろうな。もう別れることを覚悟して、私が言葉を発する度に喋るなと言ってくる彼の手を無理矢理退けると、其処には想像していたものとは違う景色があった。

「…おそ松?」
「ち、違うって!いや、ほら、何か**ってそんなに俺のこと好きかー、とか俺って愛されてるなって、うん、触りたいってことは触って良いんだとか、手繋ぎたいんだとか、いやいやいやそうじゃなくて、ニートとギャンブルが理由じゃなくて良かったっていうか、なんかその、」

彼の嫌いなトマトみたいに、真っ赤に染まった顔を腕で隠しながらチョロ松くんみたいに捲し立てる。息が疲れたのか、ペースが段々と落ちて顔の熱も冷めてくると、小さく「ごめん」という言葉が聞こえ、空気に呑み込まれていく。

「俺さ、女の子と付き合ったことなくて、こう見えても手繋ごうとするのも必死なんだよ」
「…一年」
「童貞舐めんなよばーか!**が近くにいるだけでこちとら股間がタッティなんだよ!男兄弟で20余年生きてきたんだぞ!それに好きって言うのも恥ずかしいの!お兄ちゃん恥ずかしいの!」

眉を吊り上げ、またも顔を赤くして弁解する。きゃあっと女の子みたいに顔を隠して誤魔化そうとする彼を見て、私も彼にきちんと寄り添えていなかったのだと実感した。

「ごめんね」

ぽんと自然に口から出た私の言葉に、彼は意味が分からなそうに俺が悪かったからごめんな、とぎこちなく頭を撫でてくる。そのまま彼の胸へ頭を預けて、先程の"嫌い"を撤回し"好き"と言うと、彼も一年ぶりに"好き"という言葉をくれた。


―――
本命にはナンパとかできない兄さん。




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