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□パスタ
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お水を鍋に入れてガスに火を点ける。
次は…パスタの分量だっけ?
その前にナスを切って炒めるのか!
「ねぇ、本当に大丈夫?手伝うよ?」
「大丈夫!松潤から特訓、受けたから!」
「特訓って言っても一度も実践してないんでしょ?」
「エアー特訓?あぁ!もう話しかけんなって!」
「気持ちは充分伝わったし、うれしいからさ」
「あっちでテレビでも見ててよ」
「嫌だよ、料理する翔なんて滅多に見れないし最初で最後かも知れないから目に焼きつけておく」
美穂はキッチンカウンターに頬杖をついて、おもしろそうに俺を眺める。
今日は美穂の誕生日。
今までの誕生日は夜景が見えるレストランで、とか。
ちょっと高級なホテルを予約してルームサービスで、なんて過ごしてたきた。
今年は、どうしようか?と考えた時にニノが言った。
「俺が翔ちゃんの彼女だったら、翔ちゃんの手料理とかめちゃくちゃうれしいかも」
「いや、無理だって。何も出来ないの知ってるだろ?」
「何も出来ないからうれしいんじゃん。潤くんが美味い手料理を作ってくれるより、何倍もうれしいもんだと思うよ?」
「そんなもんなの?にしても、どっちみち作れないし」
「焦げた卵焼きでも、べちゃべちゃの焼きそばでも、そこに意味はあると思うよ?」
そんな会話から、なんとなく松潤に話すと何故かうれしそうに簡単に作れるパスタを教えてくれた。
単に麺を茹でて市販のソースをかける、それでもよろこんでくれるだろうけど。
本当に少し頑張れば自分で作れるから、と丁寧に教えてくれた。
なんだっけな…ナスとツナの和風パスタ?
ちなみにツナはツナ缶でいいらしいし、味付けも醤油と麺つゆだけでいいらしい。
それならナスを切ればいいだけだし頑張ってみようと思えた。
「こいつさえ終われば勝ったようなもの」
ナスに向かって戦いを挑む。
教えてもらったようにヘタを切り落として、ナスを切っていく。
難しいな…丸いから転がる。
「やだやだ、怖い!もっとちゃんと左手で押さえて」
「わかってるって!それに男の指、1本や2本くらい切れても問題ない!」
厚みがバラバラのナスがまな板の上に並ぶ。
いや、上出来でしょ?
「お湯、沸いてるよ?」
「あっ、パスタ!」
慌ててパスタを2人分、取り出す。
それを松潤から教えてもらったようにバサッと鍋に入れると、綺麗に麺が広がる…
広がらない。
まとまって鍋に入っちゃったじゃん!
まぁ、いいや。
茹でられたらOKなんでしょ?
にしても麺がフニャ〜ってならないけど、いいの?
上の部分、硬いままだけど。
手の平で麺を押すと折れ曲がるだけ。
「これ、鍋が小さくない?いつもこれでパスタ作ってるの?」
「うん、それで充分。少し放っておけば入っていくから、そしたら軽く混ぜて?」
「じゃ、ナスを炒めますか」
フライパンに油を引いて、ナスを投入。
ナスは軽く炒めればいいって言ってたな。
軽くって、どれくらいだろう?
薄いナスは柔らかくなってきたけど、厚いナスはまだ白くて硬そう。
難しい顔をしてると美穂が笑って言った。
「そうなっちゃうから料理は基本的に、厚みを一定に切ることを心がけるんだよ」
「そうなんだ?厚さがバラバラの方が歯応えありそうだけど」
「そういう料理もあるけど、大きいものに合わせると小さいものがベチャベチャになったり煮物だと煮崩れしたりね?」
「にくずれ…」
靴擦れを想像しながらナスを見ると、厚いナスも柔らかくなってるように見えた。
一旦、火を消してツナ缶を開ける。
それをフライパンに入れようとすると、美穂が慌てて止めた。
「それ、そのまま入れちゃう?結構、油分あるけど」
「あぁ、松潤が言ってた。好みだけど油を切ってもいいよって…油を切る?」
包丁を手に取ると、美穂が慌ててキッチンに入って来た。
「侵入禁止!」
「これだけ準備させて。そのままシンクに油を捨てられると掃除が大変だから。これで油分を吸い取って」
美穂から渡されたティッシュよりも分厚い紙を真剣に見つめる。
トイレットペーパーじゃねぇよな?
「それはキッチンペーパーって言って、料理に使うティッシュみたいなもの」
「へぇ〜。これをツナ缶に突っ込めばいいの?」
「いや…このペーパーの上に少しずつ油を垂らせる?」
「やってみる」
「いやいや!広げないで、ペーパーを四つ折りくらいにして厚手にしてから…」
「はいはい」
なんとかツナ缶の油を半分くらい吸い込ませた。
好みって言ってたから半分は入れちゃおう。
ツナ缶の中身を炒めたナスが乗ったフライパンに入れた。
軽く塩コショウをして混ぜる。
それから麺を見ると、美穂が言った通り自然と麺は全部お湯に浸っていた。
軽く混ぜて、塩を少しだけ入れる。
麺が茹で上がるのを待っていると、美穂と目が合った。
「まるで初めて息子がキッチンに立った時の母親だな」
「うん、こんな感じなんだろうなって思う」
「俺にしては順調じゃない?炊飯器で米すら焚けなかった俺だよ?」
「うん、そうだね。やれば出来るんじゃない?」
「やらないけど」
「でしょうね」
時間を告げるタイマーが鳴って、ガスを止める。
ここからが実は見せ所だったりする。
よくテレビで見る…松潤もドラマでやってたやつ。
手を丸くして麺を覆うようにツルツルって味見するやつ!
やってみたかったんだよ。
麺を1本取り出して、麺を包み込むように手を丸める。
勢いよく啜ると麺は口に入ったけど…なんか違うような。
手の意味、あった?
「なんか違う!なに、今の!」
美穂が唇を震わせながら笑っている。
見せ所だったのに恥かいた。
確かに普段、料理しない奴が急にパスタの味見だけプロ仕様って変だよな。
「わからないから食って」
パスタを1本取って、美穂の口元に運ぶ。
キッチンカウンターから身を乗り出して俺に近づくと、ツルンと麺を食べた。
「うん、ちょうどいいと思うよ」と美穂からOKが出た。
目を潤ませて笑う美穂に「もう仕上げだから、あっち行けって!」と拗ねた。
美穂は笑いながら「はいはい」とソファに座ってテレビをつけた。
「あとは麺を湯切りしてからフライパンに移して…」
確認するようにブツブツ言いながら進めていく。
湯切りしたパスタをフライパンに移すと、まだ水分が結構残っていて大きな音を立てた。
炒めてりゃ飛ぶだろ。
火を強めにして、そこに醤油と麺つゆを適量…適量?!
適量って、どんな量?
エアーだったから松潤が、どれくらい入れたのかわからない!
チラッと美穂を見ると心配そうに俺を見た。
なんでもないと言うように目を逸らすと、美穂も再びテレビに視線を移した。
「適量…適した量ってことだから…」
俺なりの適量をフライパンにかける。
このパスタの味付けは醤油と麺つゆなわけだから、それなりの量だよな?
普通、パスタってソースがあるくらいなんだから。
麺を1本食べてみると、しっかり味がした。
「よし!OK!完成〜!!」
それから、お皿に盛り付けてリビングに運ぶ。
盛り付けもオシャレになんて出来ないけど…
見た目は、まるで焼きそばみたいなパスタだけど…
美穂は「すご〜い!」と目をキラキラさせてくれた。
「写メ、撮ってもいい?」
「珍しい。どんなに高級な店に言っても食を写メなんてしないのに」
「これは特別だから」
その言葉がうれしくて、作ってよかったと心から思った。
缶ビールを少しオシャレなグラスに注いで「おめでとう」と伝えた。
2人で「いただきます!」と声を合わせてパスタを口に入れる。
次の瞬間、2人同時に動きが止まった。
…そんなはずない。
「しょっ…ぺ」
「ちょっと、お醤油が多かったのかな?」
「いや、だってさっき麺を味見した時はちょうどよかったんだよ」
「麺1本の味と、こうしてそれなりの量で食べるのでは味が変わるからかな」
「これ、体に悪いよ。喉、乾くしやめよ」
「でも、私は食べたいよ」
そう言って、美穂はパクパク美味しそうに食べてくれた。
「いや、やめた方がいいって!俺自身、食いたくないもん」
「じゃ、翔の分は魔法をかけてあげる」
そう言うと美穂はキッチンに立って何かを始めた。
さっきまで美穂が座っていたキッチンカウンターに座って眺めると、手際よく大根をおろし始めた。
それをお皿に移して、俺のパスタの横に置いてくれた。
「大根おろし、味が薄くなるから」
「へぇ、入れてみよ」
大根おろしを入れて混ぜて食べると、確かにちょうどよくなった。
「美穂も入れた方がいいって!無理すんなよ」
「私は翔が作ってくれたの食べたいからいいの!」
結局、そのまま美穂は手を加えず完食した。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかった」
「嘘つけ。塩分過多のパスタなのに」
「それでも美味しいよ。どんなすごい料理人の料理より、お母さんの料理が美味しかったりするでしょ?」
「それは、お母さんもそれなりに料理の腕があるからだよ」
「私には最高のパスタだった。ありがとう」
「来年の誕生日には…もしかしたら、もう少しマシなの作れるかも?」
「来年の誕生日まで、もう作らないの?」
「作らない」
「断言」と美穂は笑った。
だって、特別な日みたいでいいじゃん。
美穂が生まれた日だけは、俺が料理をする特別な日。
「美穂」
「うん?」
「いつも、美味い料理をありがとう。簡単そうに作ってるからわからなかったけど、大変な思いして作ってくれてるんだな…って思った」
「ありがとう。でも、私に言ってくれるならお母さんにも言ってあげて?」
「だな。いつか、ね」
それから美穂は、いつもより多くビールを。
そして、何杯も何杯もお茶を飲んでいた。