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□37.8
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「本当に帰って大丈夫だから」


「いいから。大人しく寝てろって」


「だって移しちゃったら…」


「大丈夫。薬、既に飲んで来たから」



「でも」と言いかけると体温計がピピッと鳴った。
潤が体温計を手に取ると「げ…」と呟く。



「何度?」


「いや、見ない方がいい。病は気から、って言うしさ」



恐らく38度越えなのは自分でもわかる。
えっ?もしかして39度越え?!
体温計を見せて欲しいと伝える前に、喉の痛みから咳が出た。



「ほら、きちんと横になって。温かくして」


「ありがとう。本当に、なんで熱なんて…」



朝、起きると体の節々の痛みを感じた。
熱を測ると37.8度。
平熱が低い私からすると、まぁまぁの高熱。
でも、仕事に行けないわけでもないし…
とりあえず顔を洗おうと立ち上がると、立ち眩みでそのままベッドに倒れ込んだ。
諦めた私は職場に電話した後に、経緯を潤にメールした。
最後に、しっかり『大丈夫だから、逢いに来ないでね?』と添えた。
潤は優しいから看病に来てくれそうで。
ただでさえ忙しいのに移したりしたら大変。
そう思っていたのに…
夕方には息を切らした潤が大量の買い物と共に現れた。



「お粥、食べられそう?」


「うん、ありがとう」


「食べ終えたら薬ね。その前に、水分補給も…はい、白湯。あと、リンゴも…」


「潤、とりあえずお粥もらうね?」


「あ、俺やるから。はい、あ〜ん」


「大丈夫、食べられるよ?」


「いいから、あ〜ん」



あ〜ん、と口を開けて言う潤が可愛くて。
「ん?」と、わざとわからないフリをすると「だから、あ〜ん」と再び口を開けた。
笑ってしまいそうなのを抑えて同じように口を開けると、お粥を食べさせてくれた。
その後も「ちょっと熱いか」とフーフーしてくれて、普段は見れない潤が愛しくて堪らなかった。



「熱も悪くないね」


「え〜?なんで?しんどそうじゃん」


「しんどいんだけどね。潤が優しいから」


「そう?そんなに俺、普段は優しくない?」


「優しいよ?でも、普段以上に優しいって言うか過保護?」



「なんだそれ」と笑いながら、フーフーしてから「あ〜ん」と食べさせ続けてくれた。
お粥を食べ終えるとリンゴを食べさせてくれて。
それからも、薬を出してくれて渡してくれたり。
至れり尽くせりな感じが、どこかくすぐったくて…でも、幸せでしかなかった。



「汗かいたでしょ?これ、着替えよう」


「ありがとう。今日はお風呂、我慢する」


「でも、汗かいたんじゃない?…あ、ちょっと待ってて」



しばらくすると潤がタオルを持って来た。



「これ、レンジで温めて来たから。体、拭くだけでも違うでしょ?」


「ありがとう」



私の言葉を聞いても潤はいなくならない。
そこにいられると着替えられないんですけど…



「潤?着替えるから、それ貸して?」


「いや、俺が拭くから。背中とか難しいでしょ?」


「いやいや!大丈夫!自分で拭けるから!」


「今更、何を恥ずかしがってるんだよ。病人を襲う程、酷い男じゃないから」


「いやいや…」


「恥ずかしがる美穂の方が、よっぽどエッチだからな?これは看病の一環!ほら、早く脱ぐ!タオル、冷えちゃうから」



潤の言葉に、なんだか恥ずかしがってる自分が逆に恥ずかしくなって頷いた。
ムードも何もない場面では男性は、そういう気分にはならないのか…な?
着ていたスウェットと下に着ていたTシャツを脱ぐと、潤がブラのホックを外した。
落ちそうになるブラを両手で押さえて、胸の前で覆う。
潤は優しく、労わるように背中を拭いてくれた。



「はい、前」


「前は…いいよ」


「もう…じゃ、このままでいいから」



後ろから潤の両手が私の前に現れると、鎖骨から胸にかけて丁寧にタオルで拭かれた。
頑なに両手で押さえる私に「邪魔だから、どけて?」と耳元で囁かれる。
こんな状況でドキドキしてしまう私は、おかしいのかな…
潤は看病してくれてるだけなんだもんね?
ブラと共に両手を離すと、胸をタオルで拭いてくれた。
なんか…ここだけ妙に入念に拭いてない?
いやいや、潤は看病してくれてるだけなんだから!



「潤…もう大丈夫」


「やっぱり、いつもより少し熱いかも」



そう言った潤は、いつの間にかタオルを離して素手で胸に触れていた。
後ろから包み込むようにされて、耳にキスをされた。



「潤!!」


「さすがに…今日は無理だよな?」


「決まってるでしょ?!」


「はぁ〜、余計なことするんじゃなかった。生殺し…」



看病だと言い聞かせてた自分を悔いた。
結局、男はこうなのだ。
急いで持って来てくれた服を着ると、後ろから切なげな溜息が再び聞こえてきた。
そりゃ私だって…したいけど。
今日は無理!!
布団の中に入って下の着替えも済ませると「洗濯、しておくから」と潤は立ち去った。
かわいそうだけど…仕方ない。
スッキリした体で横になると、さっきよりもラクになった気がした。



「潤、もう大丈夫だよ。今日は一緒に眠れないし、そろそろ帰って大丈夫」


「いや、泊まるよ。ソファで寝ればいいし。心配だから、いる」



そう言ったら聞かないことを知っている。
困った顔で「ありがとう」と伝えると「素直でよろしい」と笑ってくれた。
確かに高熱の時って好きな人に傍にいて欲しいんだよね。
前に40度近い熱を出した時、潤はコンサートで地方にいて。
半ば、唸り声にも似た声で潤の名前を呼び続けたっけ。
大人なのに、つらくて泣いちゃったりして。
潤のことを考えたら1秒でも早く、この菌だらけの部屋から出て行って欲しい。
でも、自分のことだけを考えたら傍にいて欲しい。



「眠れそう?」


「うん、薬を飲んだからボーッとしてきた」


「そのまま朝まで眠れるといいけど」



潤が優しく頭を撫でてくれると更に睡魔に襲われる。
その手からは愛情が伝わり過ぎるくらい伝わってきて。
いつか、聞いたことがある。
人の痛みに一番効くのは、人の手なのだと。
だから“手当て”って言うんだよ、って。
そっか、潤が教えてくれたんだった。
そんなことを思いながら瞼を閉じた。
眠りに堕ちた後も、ずっと頭を撫でてくれた気がする。
あれは夢だったのかな?
ううん、きっと潤はずっと撫でてくれてたはず。
そういう人だから。



「あつ…」



目を覚ますと、体の節々に痛みを感じた。
自分でも高熱なのがわかる。
苦しい…



「じゅ…ん。潤…」



助けを求めるように潤の名前を呼んだ。



「大丈夫、ずっといるよ」



少し冷たい指が、熱すぎる私の頬に触れた。
よかった。
潤がいてくれるなら大丈夫。
そう思うと体の痛みも和らいでいく気がした。



「ん…」



重い瞼を開けると、外は明るかった。
手に温もりを感じて視線を動かすと、潤と私の手は強く繋がれていた。
ベッドに顔を伏せるように眠る潤を見た。
相変わらず憎らしいくらい長い睫毛。
昨日、そうしてくれたように潤の頭を撫でた。
この、私の手の平からも愛情は伝わってるかな?
好きだよ。
手の平を頬に移すと、少し熱い気がした。



「へっ…くしゅん!」



潤は、くしゃみで目を覚ますと「さむっ!」と体を震わせた。
まさか…



「あっ!どう?熱、どう?!」


「うん、大丈夫だと思う」


「体温計、体温計。はい、計って」


「提案なんだけどね?私の前に潤が計ってみて?」


「えっ?俺?なん…えっくしょん!」


「とりあえず、計ってみようか?」



数分後、私は「見ない方がいい。病は気から、って言うし」と体温計を隠した。
私が37.8度を出した翌日、全く同じ体温を潤が表示させた。
そんなことをうれしく思ってしまう私は不謹慎かな。
でも、それくらい潤に恋してるって証だから許してね?



 

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