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□ネックレス
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テレビに映る雅紀を見て、思わず顔がニヤける。
雅紀の首から下がるネックレスを見てから、鏡に映る自分の首から下がるソレを見る。
ネックレスに触れて、もう一度テレビ画面に視線を移す。
なんでだろう。
同じ物を身に付けているだけで、孤独感や不安感が薄れていく。
この人は私の彼氏なのだと誰にも言えない状況下での自己満足…自己顕示欲なのかも知れないけど。
ペアリングなんて贅沢は言わない。
ペアのネックレスくらい、いいよね?
「お風呂、お先〜」
パンツ1枚で髪の毛を拭きながら戻って来た雅紀を見て、微笑む。
「風呂上がりのビール!」と冷蔵庫から缶ビールを取り出して、私の隣に座る。
「あれっ?ネックレスは?!」
「あぁ…お風呂に入る時に外しちゃった」
「なんで外すの?!いつでも付けていられるように高いの買ったのに!」
「なんか、体を洗ってる時に切っちゃいそうで怖いんだよ」
なんで?
なんで、そんな簡単に外しちゃうの?
そのネックレスは雅紀と私を繋ぐ、大切なものなのに。
「もう、外さないで」
「そのことなんだけどさ…話があるんだ」
「なに…?」
「プライベートでは外さないから、仕事中は付けないでもいい?」
「なにそれ…なんで?それじゃ意味ないじゃん!」
「意味ないかな?人前で付けてないと意味ない?」
自分の中にある自己満足や自己顕示欲を見透かされたみたいで目を逸らした。
意味ないよ。
プライベートで付けてても、アイドルの相葉雅紀が付けてないと意味ない。
「なんだか、ファンの人達を裏切ってるみたいで嫌なんだ。俺が身に付けてるだけでね、どこのか調べて高価な物でも同じ物を買ってくれたりするの」
「そんなこと知ってる」
「でも、それが彼女とお揃いの物で…それを知った時、ファンの人達は余計に傷つくと思う」
「雅紀に彼女がいる時点で裏切り行為じゃん」
「そうかも知れないけど俺は“彼女いません”なんて言ったことないよ。彼女がいるとは言えないけど、嘘はついてないつもり」
「それならネックレスだって隠し通せばいい」
「隠し通せるならね?でも、どこでどうバレるかわからない。その時に俺は後悔すると思う」
「雅紀は私よりファンが大切なの?」
私の問いに雅紀の表情が強張った。
怒らせたのかも知れない。
呆れられたのかも知れない。
でも、私の気持ちもわかって。
アイドルの彼女が、誰もが完璧な人間ではない。
「そんなことを聞いてくる、美穂は好きじゃない」
そう言うと、雅紀はベッドルームに消えて行った。
次から次へと涙が溢れた。
あんなことを言いたかったんじゃない。
私とファンの存在が全く別のところに存在してることくらい、わかってた。
ファンの存在があって、相葉雅紀が成り立っていることも。
でも、それでもどうしようもない時があるの。
不安で怖くて、独りぼっちに感じる時があるの。
それが、たったのネックレスだけで薄れていく気がして。
こんな女を、きっとファンは相葉雅紀の彼女として受け入れてくれるはずもない。
「ごめんなさい」
呟いて、ネックレスを外した。
私はネックレスという鎖で雅紀を縛り付けてたのかも知れない。
ベッドルームに行くと、雅紀はベッドの上で仰向けに寝転がっていた。
「雅紀」
「こっち来て?」
雅紀は起き上がると胡坐をかいて手招きした。
言われる通り、雅紀の向かいに座ると「ごめん」と笑って涙の跡を指で拭いてくれた。
「ごめんなさい。私…不安で怖くて、だか…」
「わかってる。俺なりに、わかってたつもり。だから、ペアの物を身に付けたいって言われた時に受け入れたんだ。なのに、貫けなかったのは俺の方だし」
「そこが雅紀のいいところだよ。そんな雅紀だから好きになった」
「俺は、どうしたって美穂の立場で物事を考えられない。わからないから。アイドルの彼女を持つサラリーマンなら理解できるのかも知れないよね」
「そうだね。仕事で言えば世界が違い過ぎる」
「でも、俺はネックレスで繋がってる恋愛なんてしたくないんだ。そうじゃなくて、何もなくても心と心…想いと想いで繋がっていたい」
「そんな風になれるかな?」
「なろうよ、俺はなりたい。俺にとって…俺達にとってファンのみんなは宝物なんだ。だから、美穂にも大切に想って欲しい」
「それは私がファンを見下してる感じにはならない?」
「本当に、美穂が心から想ってくれるなら大丈夫。それこそ、そんな風に捉えるファンなら俺はいらない」
雅紀は優しく、でも強く抱きしめてくれた。
まるで「大丈夫だよ」と言ってくれているように。
“プロ彼女”なんて呼ばれる彼女には、私は程遠いけど。
下らない自己満足や自己顕示欲は捨てられる気がした。
目に見える物なんて、何も必要ない。
そんな2人になっていけるように…
ネックレスは並べて飾っておこう。
幼稚だった私の恋心を、いつか懐かしく笑える日まで。