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□悲恋
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「悲恋、なんてあるのかな?」
お風呂上がり、ワイン片手に小説を読んでいると隣から予想もしなかった言葉が聞こえてきた。
驚いて隣を見ると、その言葉の理由がわかった。
「次の役?」
潤の手には、いつの間にか台本が持たれていた。
まだ本格的に撮影には入っていないから、パラパラと軽く見ている程度の様子。
「悲しい、恋…か」
「うん、悲しい恋。そんな恋って存在する?」
「するんじゃない?好きになった人が…恋人がいたとか、家庭があったとか、余命わずかだったとか?」
「それって悲しい恋なの?」
「だって結ばれることのない恋心だから?」
「結ばれなければ、それは悲しい恋?」
「う〜ん…好きになった人が、あと半年の命なんて知ったら悲しい恋じゃない?」
「その人と出逢えて、その人のことを知れて、その人のことを好きになれたのに?」
「まぁ…そうなんだけど」
「俺はさ、例えば美穂が結婚式当日に死んじゃっても。美穂との恋愛を悲恋だとは思わないし、言われたくない」
「うん、ありがとう。でも、その例え!私、死なせないで」
「例え話だよ。美穂は?結婚式当日に俺が死んだら、それは悲恋?」
潤から聞かれて、想像してみた。
人生で一番幸せな日。
私はウェディングドレスを着て潤を待つ。
でも、いつまでもいつまでも潤は来なくて…
「美穂?!」
隣から驚いた声が聞こえて我に返ると、涙を流してる自分に気がついた。
だって、そんな悲しいことってない。
生きてきて一番幸せな日が、生きていく未来で一番不幸な記憶に変わる。
「だって、悲しいよ。やっぱり悲しい」
「うん、悲しいよ。俺も想像しただけだ悲しくて、狂いそうで、絶望しかない。でも、だからって俺と美穂の恋愛は悲恋になる?」
沈黙の後で「ならない」と答えた。
“悲しい出来事”ではあるけど“悲しい恋”には、ならない。
潤と出逢えて、恋に落ちて、私にも恋をしてくれて。
たくさん笑って、ケンカもして、キスをして、愛し合った。
そんな日々を、そんな思い出を“悲恋”だなんて言って欲しくない。
涙が止まらなかった。
こんな例え話でバカげてるけど…
「ありがとう。変なこと聞いて、想像させてごめんね?」
潤に抱きしめられて首を横に振った。
きっと、この世に悲しい恋なんて存在しない。
そう思いたい。
どんな恋も、それが例え一瞬だとしてもキラキラして満たされたはず。
男性を男らしくさせて、女性を綺麗にさせたはず。
悲しい結末だからって、それは悲恋ではない。
「やっぱり、ここは脚本家の人に話してもらおう。俺は納得いかない」
「うん、そうだね。私も、そう思う」
潤は大きく包み込んでくれると「ありがとう」と優しく呟いた。