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□温もり
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「おかえりなさい」



いつもの笑顔に心からホッとした。
寒い外から帰宅して、家が明るくて暖かい…そんな温もりのような。



「ただいま」


「寒かったでしょ?先にお風呂、入っちゃう?夕飯も出来てるけど」



普段より少しだけ口数が多い美穂から、見えない優しさを感じた。



「うん。とりあえず、美穂とゆっくりしたい」


「雅紀…ありがとう」



美穂は少し悲しそうに笑った。
リビングに入り、2人で並んでソファに座る。



「疲れたでしょ?お疲れさま」


「精神的にね、疲れるよね」


「うん、わかる」


「でも…ちゃんと、お別れしてきた」


「よかった。逢えて、よかったよね」


「本当に。最悪、もう逢えないこともあったから」


「雅紀」



美穂の笑顔に、張り詰めていた心が音を立てて崩れていく気がした。



「ちょっとだけ…いい?」



隣に座る美穂の胸に顔を埋めると、優しく髪の毛を撫でてくれる。
ずっと流せなかった涙が、目から溢れ出した。
悲しいのに、
苦しいのに、
淋しいのに、
怖いのに…
何故か涙は流れることがなかった。
なのに、美穂の温もりに触れて一気に溢れ出た気がした。
美穂は、そのまま何も言わずに抱きしめてくれた。



「また逢えるかな」


「それは私達には、わからないけど。わからないからこそ、また逢えるって信じていてもいいんじゃないかな?」


「そうだよね。“またね”って別れてきたんだ。“さようなら”とはまだ言えなかった」


「“さようなら”なんて言わなくていいよ。“またね”がない“さようなら”なんて言わなくていいって私は思う」


「“さようなら”って悲しくて、苦しくて、淋しくて、怖いもんね。好きじゃない」


「だから、いいんだよ。“またね!”って、いつもみたいに笑顔の雅紀でいいんだよ」


「俺は…生きていくんだもんね」



俺を抱きしめる美穂の腕に力が篭った。



「よしっ!お風呂、入ってきちゃうね!夕飯、一緒に食べようね!」


「温めておくね」


「ありがとう」



ありがとう。
温めてくれて、ありがとう。
凍りかけた心を溶かしてくれて。
俺は、身に纏った重い喪服を脱ぎながら微笑んだ。



 

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