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□同じ気持ち
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美穂が「ただいま」って帰って来た瞬間、何かあったんだろうな…って感じた。
最近、疲れ気味なのは気づいてたし溜息も増えた。
少し前に、普段は仕事の話をしない美穂が少しだけ吐いた弱音。



「仕事、辞めようかな」



心の声を呟いてしまったことを後悔するように「なんてね」と笑った顔が儚くて。
「年齢的に転職なんて厳しいし!」と気持ちを切り替えるように話は終わった。
仕事を辞めるなら結婚、という年齢でもあるはずなのに。
そんな葛藤と罪悪感に襲われる。
でも、俺まで下を向いてたら悪い方向へ向かうだけだから。
もっと気の利いた言葉で、もっと大きな包容力で、守れたらいいのに…



「ごめん。シャワー浴びて、寝るね」


「うん…ゆっくりお風呂、入っておいで」



少し痩せた気がする美穂の後ろ姿を見ながら「よしっ!」と立ち上がった。
キッチンに立ち、トレーナーの腕を捲る。
美穂の入浴時間で作れるような物…
冷蔵庫や棚を開けて、頭をフル回転させる。
最近は番組での経験もあって、少しだけ包丁使いも自信が持ててきたんだ。
手際よく、までは言えないかも知れないけど。
一生懸命、心を込めて、キッチンに立った。



「美穂、ちょっといい?」



お風呂上がり、化粧水をつけている美穂に声をかける。
疲れた顔で「どうしたの?」と聞かれて「終わったらリビングに来てね」と言い残した。



「雅紀、ごめん。今日は先に寝させ…」


「1杯だけでいいから一緒に飲まない?」


「これ…雅紀が作ってくれたの?」


「本当に簡単なツマミだけど、美穂が好きなもの作ってみた」


「雅紀…ありがとう」



泣きそうな顔をした美穂を「ほら!座って!」とソファに座らせた。
その隣に座って、グラスに注いだワインで乾杯した。
美穂は「美味しい」と幸せそうに笑ってくれた。
こんな笑顔も、ひさしぶりに見た気がする。



「本当に、どんどん料理の腕を上げていくね」


「でも心配しないで、美穂にはまだまだ敵わないから」


「そんなことないよ。最近、全然料理も作れてないし…ごめんね」


「昨日も言ったけど、それはいいんだよ。忙しい時はお互い様!俺だって作ってくれてたのに食べられない時、何度もあったでしょ?」


「もっと余裕がある女になりたい…」



美穂が話してくれるまでは俺から聞くのはやめようと決めていた。
自分もそうだけど全部が全部、聞いて欲しいわけじゃないから。
そのくせ察して欲しくて、甘えさせて欲しくて…そんな時って、あるもんね。
話したいならいくらでも聞くし、話したくないならせめて甘えて欲しい。
でも、それが出来ないなら…



「ちょっとだけ甘えてもいい?」


「え?何かあったの?」


「ううん。ただ、ちょっと淋しかっただけ。最近、俺もバタバタしてて美穂の温もり感じてなかったから」


「ごめん」


「どうして美穂が謝るの?ありがとう、って言ってよ」


「ごめんね、ありがとう」



そう言うと、美穂はギューッと俺に抱きついてきた。
俺も負けないくらい抱きしめ返す。



「もう少し甘え上手な女になるね。そうしたら、きっと余裕がある女になれる気がする」


「そうだね、それは大賛成だよ。もっともっと甘えて欲しい。俺、男の子だし守れるよ?」


「もう、ずっと守られてきてるよ。ずっと、甘えっぱなし」


「それも、お互い様。だから俺達は大丈夫!ね?」


「うん。ありがとう」


「じゃ、お礼のキスちょうだい?」



美穂は恥ずかしそうに笑うと、キスをしてくれた。
その時、わかったんだ。
俺が悩んだ時や壁にぶつかった時、すべてのことを美穂に話さない理由。
隠したいことは何一つ、ない。
話す前に美穂に癒されて、守られて、笑顔をもらって…
一緒にいるだけで解決しちゃうからだ。



「美穂も同じだといいな」


「ん〜?なにが?」


「内緒!寝ようか?今日はギューッとして寝よう」


「寝るからね?何もしないからね?」


「わかってるよ〜!…多分?」



同じ気持ちなら、何も怖くないね。
疲れた夜も、不機嫌な朝も、一緒に越えていける。



 

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