鬼と妖怪
□早春芽生える恋心
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殺生丸さまと邪見さまと、そして阿吽と…お父様を探す旅に出た私。
人間である私が、妖怪の彼らと連れだって森を歩く姿は、傍から見たらとても奇妙な光景かもしれないけど、私自身は不思議と違和感を感じない。
むしろ静寂を好む殺生丸さまの雰囲気に、居心地の良さすら感じていた。
時折従者の邪見さまと談笑(楽しげにしているのは私だけかもしれないけど)をしながら、歩みを進めていた。
「邪見」
「はっ殺生丸さま。」
前を一人歩いていた殺生丸さまは、歩みを止め、その広い背を向けたまま、邪見さまを呼びつけた。
「この先に女郎蜘蛛がいる小屋がある」
「女郎蜘蛛………?あぁ〜!あの美しい女に化けるっていう蜘蛛妖怪にございますね〜!」
「そこで着物を仕立ててこい。」
「へ??殺生丸さまのお着物でございますか??」
ぽかんとした顔で邪見さまがそう訪ねると、殺生丸さまは、その凛とした瞳を一層細くし、少し振り返って邪見さまを睨みつけた。
「ひっ……!あっ、もしかしてまいの着物ですか!?人間の娘に女郎蜘蛛が紡いだ衣などもったいな…」
「邪見……」
それ以上言うと殴られるか蹴られるか…
そう悟ったのか、邪見さまは慌てて居住まいを正し、「い、行って参ります!!」と頭を下げ、阿吽に乗って逃げるようにして去っていった。
妖怪に襲われた際、一部引き裂かれ、血を少し洗い流したとはいえ、私の格好は見るに耐え難いほどみすぼらしい姿なのかもしれない。
「殺生丸さま、お着物…気を遣わせてしまってすみません…。」
「構わぬ」
そう一言言って歩いていかれた殺生丸さまの後を追う。
それから、二人とも一言も話さなかった。
森を進む殺生丸さまの背を追って歩く私。
二人の間に会話は無かったけれど、とても穏やかな時間が流れているような気がした。
時折鳥のさえずりや、風が木の葉を揺らす音が聞こえ、足元には、いくらか土の上に残った雪から、ふきのとうが頭を覗かせていた。
足元から視線を上げると、先を行く彼の美しい白銀の髪を、日の光が優しく照らし、彼を一層美しく見せていた。
妖かしである彼と人間であるはずの私。
はずというのは、私が少しだけあの鬼の言っていたことを気にしているから。
風間千景。殺生丸さまはそう呼んでいた。
彼は雪村家を知っていた。
お父様のことも。
私を女鬼と呼んでいたけれど、角も生えていないし、髪も黒い。
私はどこからどうみても人間で…。
なぜそんなふうに言うのか。
そして一番困るのは、私を嫁になどとしようとしていること。
ぐるぐるとそのことを考えていたら、歩みを止めた殺生丸さまがすぐ近くまで迫っていたことに気が付かなかった。
「何を考え込んでいる。」
「わっ……殺生丸さま」
「ごめんなさい、考え事をしていたら気が付きませんでした…。」
殺生丸さまと距離が近くなり、その美しい瞳がすぐそばにあって、私を見ている。
そう意識するだけで、何故だか体温が上がった気がした。
初めての感覚に戸惑いを覚えながら、きっと赤く染まっているであろう自分の顔を見られたくなくて、顔を背けた。
『なんで私、赤くなっちゃっているのでしょう……?』
無言で私を見つめるその視線を、ふっと感じなくなった瞬間、殺生丸さまは既に少し前を歩いていた。
慌てて駆け寄り、その背に追いついたと思った時、突然ふわりとあたりが光に包まれ、まぶしさに目をつぶった。