鬼と妖怪

□攫われた鬼嫁 三
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白霊山を登り始めてから、次第に私の妖力が薄まっているのを感じる。
妖怪である私にとって、白霊山のような神域は自身の妖力を浄化させる。

まいの父の匂いは、この白霊山の麓で途絶えていた。
彼女の父がこの山と何の関係があるのかまだ真相は掴めてはいないが、おそらく彼は生きているだろう。

この強力な神域のなか、あの奈落がどのようにして身を潜めているのか…。
からくりがもう少しで分かりそうだ。
我が愚弟、犬夜叉も白霊山の近辺を嗅ぎ回っているのを見受けると、どうやら奴も少なからず感づいているようだ。


「せ、殺生丸…さま……まって…待ってくださ……」

次第に濃くなる神聖な結界のなか、邪見は既に虫の息だ。
先刻、私を放っておき、自分だけ結界の薄い麓に残ろうとしたため、制裁を加えたばかりで、頭には瘤が少しできているようだ。
まぁ、そのうちに治るだろう。

「殺生丸…さま……まだ行かれ……るんですか…?」

「………」

「殺生丸さまぁ…………?」


少し鈍くはなっているが……感じる…。
遠くにいるまいの身に何かあった。
私の鼻は風の匂いだけで、遠くで起こったことを知ることができる。
傍には微かだが、あの西国の鬼……風間千景の匂いもする。
奴に攫われたか……。
やはり、一人にさせたのは間違いだった……。

奴はまいを妻と呼んでいた。人間の女を嫁になど、西国の鬼の中では最強の風間家もそろそろ没落するのではないか。
奴はまいを同胞と勘違いしていたようだが…。彼女は女鬼ではない。匂いでわかる。

嫌がる人間の女を物にするなど酔狂な鬼頭もいたようだ。
まいははっきりと嫌がっていたのだ。それに彼女には私と共に父を探すという目的がある。

人間の小娘の行末などには興味は無い……。
だが………。
奴に渡す道理も無いのだ。

『興味が無いのなら、関わらなければ良い物を……』

そう思えど、彼女が今もあの鬼の横にいるのだと考えるだけで虫唾が走る。


「あれは私のものだ」

「はい??殺生丸さま?あれ…とは?」

思わず口を出た言葉に、邪見が反応した。まだそれぐらいの余力はあるようだ。


「戻るぞ邪見。」

「へ?もうよろしいんで?」

「まいが攫われた。」

「え!まいが!!」

急ぎ山を降りようとするが、死肉と墓土の匂いが近づいてくる。
これは………。

「よぉ。犬夜叉の兄貴」

「ん!?貴様ら何者じゃ!」

「この匂い……死人か…。」


女装した死人と武具を付けた死人。
さしずめ奈落の手先であろう。
手先にもならぬ、ただの捨て駒かもしれんが。

「あんたの大事な女は預かってるぜぇ?」

「まいのことか!?」

「横恋慕なんて、なかなか可愛いとこあんじゃねーかぁ♡色男だし、犬夜叉もいいけど兄貴のほうもなかなかだなぁ〜迷うなー♡」

そう言っているのは紛れも無く男だ。

「気色が悪いことを言うでないわ!殺生丸さまはお前なんか……」

「横恋慕…だと?」

「いや殺生丸さま、つっこむとこそこじゃな……」

「あぁ、あの女、鬼の風間とかいう男の嫁なんだろ?あの男もなかなか色男だったけど、俺、犬夜叉みたいなかぁわいいのが好きなんだよなー♡」

「お前の好みなんか聞いてはおらんわ!」

「…この殺生丸が、人間の小娘などに横恋慕しているだと…。」


横恋慕などと……。
そもそもまいは奴の妻ではない。


「…人間の小娘になど興味は無い。」

「そうじゃ!殺生丸さまは大妖怪じゃぞ!?人間の小娘など相手にするはずなかろう!」


今も奴のそばで私に助けられるのを待っているのだ。

「ふーん、そっかー。じゃあ、この腰紐もういらねーや」

「なんじゃ?腰紐?」

「っ!!!」

奴の持っている腰紐からはまいの匂いが染み付いていた。彼女のしていた腰紐だ。

私の一瞬驚いた顔を見逃さなかった男は、意地の悪い顔でにたりと笑った。

「どーする?殺生丸?お前が大人しく殺されてくれれば、女の命は助けてやってもいいぜ?」


そう言って挑発するようにまいの腰紐をひらひらと振ってみせた。
その時、振られた腰紐から荷葉の香のかおりがした。
荷葉は、平安から好まれる香の種類である、六種の薫物の中でも夏になぞらえられる。
香道の有名な伝書では、蓮を思わせる香りと言われている。

この死人どもには香の種類など検討もつかないだろう。
香は、身分の高い者達が好んで焚く。

鬼の中でも高貴で誇り高い風間家。
その風間家の党首が人質を取るような卑怯な真似をするだろうか。

いずれは戦わねばならぬ相手だとしてもだ。

蓮の香り………。


……そういうことか。
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