鬼と妖怪

□攫われた鬼嫁 一
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「まい、お前はここで待て。」
「え?」

殺生丸さまは、人里近くの森の中で立ち止まり、私にそう言った。

「白霊山周辺にお前の父の匂いが微かに残っている。」

「でしたら、私も一緒に!!」

「ならぬ。奈落の動きが分からぬ今、白霊山には不穏な動きがある。おそらくは………。」

お父様の手がかりが少しでもあるのなら、私も行って捜索したい。でも殺生丸さまが何か思惑あって、私に危険が及ぶと判断してくださったのなら……。

「……わかりました。殺生丸さまがそうおっしゃるのなら。」

「うむ。まいはここでしっかりと留守番しておるのじゃぞ。しかし殺生丸さま、白霊山は聖なる聖域。邪悪な奈落などが入れるとは到底思えませんが……。」

「……からくりだ。」
「は?」
「行くぞ。」

「殺生丸さま。…ご武運を。」

殺生丸さまはちらと私の方を一瞥し、

「結界を張っておく。」
と言い残し、邪見さまと共に行ってしまわれた。

私が口には出さなくても、一人ここに残されるのを不安に思っているのが伝わったのかもしれない。


さて…どうしよう。
長い時間一人になるのに慣れていない私は、とりあえず近くの石に腰掛け、そばに咲いていた花で花冠を作ることにした。

一人になると色々なことを思い出す。
村の人たち。喜助。行方の分からないお父様。
みんな、私のそばにはもういない。

どうして罪も無いみんなが……
無念で無念で…まだきちんと、現実を受け入れられていない自分がいた。

あの日の夢を何度も見た。

これがただの悪夢で目が覚めたら、お父様に怖い夢を見ましたと言って優しい手で頭を撫でてもらって、喜助と城下に出かけたり、村の人たちと楽しくお話したりする日常に戻っているんじゃないか…。

でも現実は違う。
殺生丸さまの毛皮に包まれて目が覚めるたび、涙が溢れた。


殺生丸さまと邪見さま。
お二人に出会ってから私の日常は変わった。

いつもお小言ばかり言うけれど本当はお優しい邪見さま。
そして、命を救ってくださった殺生丸さま。

殺生丸さまと二人で夕空を翔けた日、私の胸に広がったあたたかな気持ちは、お父様に対する気持ちとちょっと似ているのかもしれない。そう考えて、でもどこか違和感を覚えた。
お父様と距離が近くても、胸がどきどきしたりしない…。


そしてもう一つ、新たに知った感情。

殺生丸さまには片腕が無い。
邪見さまが、義理の弟、犬夜叉という人と戦った際負った傷だと言っていた。

片腕で抱かれたとき、感じたあたたかな気持ちと同時に、もう一つの腕を感じることが出来ないことに、虚しい気持ちになった。

彼の腕を奪ったその犬夜叉という人に、憤りを感じた。
会ったことも無い人にそんな感情を持つのも初めてだった。

「私、醜い女になってしまったのでしょうか……。」



「この俺の妻になる女が醜いわけがないだろう。」
「え…?」


声のしたほうを向くと少し離れた木の上に、前に会った鬼、風間千景が立っていた。

「駄犬のくせに生意気にも結界を張っているな。あの犬妖怪はお前の番犬か何かか?」

「な!!殺生丸さまのことを侮辱しないでください!」

「殺生丸さま…か。敬意を払う相手を間違っているぞ。」

木の上から飛び降り、刀を抜いた彼はそのまま私の頭上で振り下ろす。切られる!そう身構えたけど、彼の刀が私に振り下ろされることはなかった。
殺生丸さまの結界が私を守ってくれたから。


「ふん……さすがは西国一の大妖怪の倅か…。一筋縄ではこの結界は切れんか。」

彼は腰から先ほどとは違う刀を抜くと、また振りかざした。すると今度は、殺生丸さまの結界がゆらぎ、結界の中に刀が入りそうになる。

「やはり先代は偉大ということか。」

そしてついに、殺生丸さまの結界を突き破ってしまった。

「!うそ…そんな…殺生丸さまの結界が……。」

「所詮子は子。闘牙王とは違うということだ。」

ゆっくり私に近づいてくる彼から、必死に逃げる私。
一瞬にして私の目の前に移動した彼に、驚いて後ろに倒れこんだ私を、今度は後ろに回って私の体を支える彼。

もうどうしたって逃げ場は無い………。

「諦めたか。」

「殺生丸さまは、私がどこにいても必ず助けに来てくれます。だから、しばらくはあなたの言う通りにしてあげます。」

「ふんっ……随分と高飛車な女だ。まぁ、俺は気の強い女は嫌いではない。俺の絶対的な力の前に、お前の全てを俺に従わせた時の征服感を楽しみにできる。」

「………。」

なんて自意識過剰で意地の悪い人…。

「来い。お前には、一つやってもらうことがある。」

そう言われ、覚悟を決めた。
不安で足がすくみそうになったけれど、殺生丸さまを信じて、彼と共に行くことにした。
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