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□警告と鈍感
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無事洛山からの合格通知が来て、制服を買って、着て千尋ちゃんに見せて、無理やり「似合ってる」と言わせて、入学式で赤髪の超絶美少年を見て驚いて。昨日まではそんな感じだった。
今日から本格的に待ちに待った高校生活が始まる。そして幼なじみと一緒の登下校も始まる。

「おはようございます黛先輩!洛山高校1年、橘つかさです!」
「...朝から元気いいな」
「洛山1年なので!」
「近所迷惑だ、少し黙れ」
「ハイ」

テンションの昂りを見せつけるため、黛家のドアの前で仁王立ちして高らかに千尋ちゃんに話しかけたら案の定怒られた。朝だろうが昼だろうが夜だろうが、この人は一定して低血圧の人の朝のようなテンションだ。ババアかよ。

「今日から登下校よろしくね」
「朝練ある日はもっと早いぞ」
「合わせます!超合わせます!」
「つってもそろそろやめるけどな」
「あっそうなの」
「受験に専念するよ」
「ファイティングチッヒロー」

返事の代わりに冷めた視線が返ってきた。いいねそういうの嫌いじゃない!あれわたしっていつのまにMになったのかな!
というか朝練ある日はもっと早いのか。やめるにしても今すぐじゃないから何日かは朝練あるだろうし...じゃあ一緒は無理かな...いやでもそこは根性で早起きしよう!これから忙しさで一緒にいる時間は減るだろうから、いれるだけ一緒がいい。
2人で5分ほど歩いて最寄り駅に向かう。電車通なのだ。
そういえば洛山は男バスがすごくて、県外のいろんなとこから名選手をスカウトするため学生寮があるらしい。通うの楽そうでいいなあと思うけど色々大変そうだ。昨日のハイスペック赤髪美少年も寮生なんだろうか。

千尋ちゃんと話をしていたら(ほとんどわたしが一方的に話しかけてただけだけど)あっという間に駅に着いた。新品ですと言わんばかりにぴっかぴかな定期を取り出して、前を進む千尋ちゃんについていく。慣れた手つきで定期をかざしすたすたと歩く姿は、いつもの家でのゆるい彼とは全くの別人に見えて軽く感動した。
電車に乗り込み座席に座る。アニメやドラマじゃ立ってるのが多いから、こんなに簡単に座れることに驚いた。でも次の駅、次の駅と電車が進むにつれていっきに人が増えてきて、わたしこのまま座ってていいんだろうかと罪悪感のようなものがわいてきた。

「電車ってこんなに混むんだ」
「この時間帯はな」
「へー」

人の熱気に酔いそうになる。左隣に座る万年低血圧男は涼しい顔でラノベを読んでる。何もしないでぼーっとしてるわたしですら酔いそうなのに、本を読んでも酔わないとか羨ましすぎる。ただ黙っていてもますます酔うだけのような予感がしたので、話しかけてみた。

「座れてラッキー?」
「そうだな」
「ふうん」

ラノベに視線を落としたままながらも相槌を打ってくれる。横顔きれいだなあ。

「昨日3年は学校なかったんだっけ」
「ああ」
「1年は入学式だったよ」
「ああ」
「代表挨拶の人知ってる?」
「...キセキの世代か」
「そう!やっぱバスケマンは知ってるもんなんだ」

相槌以外の言葉が出てきてくれて嬉しい。ちらっとこっち向いてくれたし。振り向く時、薄灰色の細くてサラサラな髪の毛が揺れた。

「めっちゃ美形でオッドアイだった」
「...すげえな」
「ラノベのヒロインみたいじゃんね」
「いや男だろそいつ」
「まあ...」

再び千尋ちゃんは視線を下げた。
確かに昨日の赤髪君も美少年だったけど、男らしさでは千尋ちゃんのほうが勝っていると思う。影薄いけど。さっそくできた新しい友達が赤髪君を見て「あんなにかっこいい人いない」と良い笑顔で話していたけれど、正直わたしはそう思わない。そんじょそこらの女子より目おっきくて美人さんだし、物腰はすこぶる柔らかそうだし、真っ赤な綺麗な髪の毛は目を引くし、あと代表挨拶するくらい頭が良いとか神の申し子レベルだけども。隣で黙々とライトノベルを読む影薄イケメン(のはずの)幼なじみを見ると、しっくりくるのだ。赤髪君を見ても感じない、ある種の納得というかなんというか。

「次は〇〇駅、〇〇駅〜」とアナウンスされたと同時に、千尋ちゃんはラノベを鞄にしまい立ち上がって、混みに混んだ電車内を持ち前の影の薄さでするすると歩き、出口の近くに行った。わたしもそれについていった。人がぎゅうぎゅうでほんとに移動しづらい。千尋ちゃんはこの中を余裕で歩いたのか。影の薄さってこういうとこで役に立つんだな。

「ここで降りるの?」
「昨日どうやって来たんだ」
「父さんが車で送ってくれた」

昨日は、どうせ父さんは今日も仕事だろうと思い、電車での行き方を調べて1人で行こうかと思ったが「仕事休みとったから」「娘の晴れ姿見たいから」とか言ってたので車で送ってもらった。入学前のオリエンテーションで1度経験済みだったが、車の窓から見える景色はどれも新しくて心底わくわくした。

「俺と一緒だからって油断しないで覚えとけ、降りる駅」

うん、と返事して電車を降りた。空気がいっきに開放的になる。忙しなく改札を歩く大勢の人の中に、洛山の生徒と思しき人も何人かいた。
駅を出たら日差しが眩しくて思わず眉間に皺を寄せた。でもその眩しさですらわたしのきらびやかな高校生活の予兆であるように思えて心が踊る。
わたしが「こっから歩くの?」と聞くと、「つってもそんな歩かねえよ」と返ってきた。千尋ちゃんの声が普段より軽快であるように思えたのは、天気がいいからだろうか。

駅から洛山に着くまでの途中、喫茶店とかお菓子屋さんとか、たくさんの興味をそそられる店を見つけた。「あの店は何?」と聞く度に、千尋ちゃんは「ケーキ屋」とか「知らん」とか比較的丁寧に答えてくれた。今度一緒に行ってみたいね、と言いたかったが、千尋ちゃんだって受験生になるんだし、わたしにもきっと新しい友達とか何か夢中になれるものができて、互いに忙しくなるであろうことを考えたら容易にそういうことは言えなかった。千尋ちゃんはそういうふうに考えるわたしを全部察してるのかどうかは分からないけど、「実力テストで学年トップだったら連れて行ってやる」と言ってくれた。実力テストは明後日からある。トップとか普通に考えて無理だ...。でも、一緒に行きたいな。

洛山の制服を着た人が増えてきて、その人たちの行先を目で追って行ったら高校はあった。ああ眩しい。今日から本格的にわたしの青春がここで始まるんだ。

ふと向かい側の道を見たら、同じクラスの女子が3人でかたまって歩いていた。もう仲良くなったのか、すごいな。それとも前から仲良しだったのかな。なんにせよわたしはあの3人のどの人とも今は他人以上知り合い未満の関係だ。
そのうちの1人がこっちに気付いたようで目が合った。ここで無視したら感じ悪いよなあと思ったので、とりあえずニコッとしといた。あちらもニコッとしてくれた。
次の瞬間、その子は急に驚いた顔になった。きっと千尋ちゃんの存在に気付いたんだろう。普通の人はこの人に気付かないことがほとんどだから。わたしの横に人がいたこと、そしてわたしが上級生の男子と一緒に登校していること。この2つが彼女の思考を振り乱しているのだろう。
するとその子は意気揚々とした顔で残りの2人に話しかけた。2人はわたしの方をちらと振り向き、わたしに対する挨拶もないまま会話に花を咲かせ始めた。ニコッとくらいしてくれてもいいじゃないか。
きっとわたしと千尋ちゃんの関係についてあることないこと議論しているのだろう。あとで誤解を解かねば。
「彼はただの幼なじみです」で通るだろうか。きっと表面上だけなら簡単に通るだろう。でも裏では色々言われるんじゃないだろうか。それは絶対千尋ちゃんの迷惑になる。昔から何度かあったことだが、その度に笑い飛ばしてきた。周りもからかうのはほどほどにしてくれた。理解のある人たちだったから。でも高校は。環境の大きく変化する高校では。

もやもやと浮かんできた不安を学校生活への期待でもみ消し、胸を踊らせながら校門をくぐった。1年のわたしと3年の千尋ちゃんの下駄箱は離れた所にあるので、ここでお別れだ。

「じゃあね千尋ちゃん」
「じゃあな」

「バスケの練習見に行ってもいい?」

学校の中で見る千尋ちゃんが別人のように見えて寂しくなったため、咄嗟に彼のブレザーの裾を掴んでこう言った。見に行くつもりは毛ほどもなかったのに。

「...好きにしろ」

立ち止まってくれたことに安心し、続けてわたしはこう言った。

「校内で会っても千尋ちゃんって呼んでいい?」

前から気になっていたことだったのでするっと声に出してしまったが、聞かない方がよかったかも、と思った。ここで「駄目だ」とか言われたらなんて呼べばいいんだろう。黛先輩?黛さん?他人みたいですごく嫌だ。
でもそんなわたしの思考は全て杞憂だった。

「...だから好きにしろ!」

いつもより張りのある声で、ヤケクソ気味に彼は言った。
と同時に、彼の耳は若干赤くなってた。絶対照れてる。
それに驚いてわたしがブレザーを掴む手を緩めた瞬間、千尋ちゃんは3年の下駄箱の方へ歩いて行った。わたしも自分の下駄箱へ向かった。
周りの視線が少し気になった。いくら影薄の千尋ちゃんといえど、下級生と話をしていれば目立って当然だ。

わたしたちは周りから見ればどんな関係なのだろう。今までも何回も考えたことだが、小学校、中学校という男女の友情が大幅に許される場において、それは大した問題ではなかった。でも高校は。男女の差が大きく開いてしまう高校では。
2人でいる所をクラスメイトに見られた時に感じた不安が、再び私の頭をよぎった。

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