0と100

□拡張に嫉妬
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4月下旬。学校生活にもだいぶ慣れ、もう少しでゴールデンウィークが始まろうとしていた。

「学食を食べよう!」

4限目が終わった直後、高らかにこう言ったのはわたしの友達の優香である。彼女はしっかりしていて情報通でとても勉強家で、こないだの実力テストでは学年5位をとっていた。

「なんで急に」
「学食のね、油そばを食べてみたいのよ。すっごくおいしいって料理部の先輩から聞いたの」

優香は料理部と文芸部を兼部している。活動がほとんどないから兼部なんて楽勝、とのことだ。ちなみにわたしはなんの部活にも入っていない。先輩たちの勧誘の時の熱気がおそろしくて、上級生って怖いんだなあと恐怖を植え付けられた結果、帰宅部になった。

「へえいいね、行ってみよっか」

今朝購買で買ったパンがあるけど、ここで断ると優香との関係に微妙な亀裂が入りそうだから賛成した。まだ仲良くなって間もないから慎重に行こう。パンは明日の昼ごはんにでもすればいい。腐らなければいいけど。

優香と2人で食堂に行き、注文口の行列に並んだ。人の混み具合にびびった。まあ昼だし当然か。それにしても人が多い。みんな弁当持ってこいよ。

「混んでるわね」
「だね」

たくさんの人の雑談が入り交じり、もはやガヤガヤというひとつの雑音になっている中では、少し声を張り上げなければ相手に声が届かない。食堂人多くてめんどくさい、月に1回くらいしか来たくないや。
行列の中を待ちに待って、わたしたちの前にはあと5人程度になったとき、優香が背伸びをして「油そば400円だ、やすーい」と言った。メニューは天井側にあった。
400円、細かいのあったかなあと財布を開いて血の気が引いた。

100円玉がない。1円玉8枚と10円玉2枚しかない。
思わず「あ゙ーーーっ!」と大声で叫んだ。

優香には「もーつかさどうしたの...」と呆れ顔で言われ、周りには白い目で見られる。いやそんなのはどうでもいい。
なんでだ。なんで28円しか持ってない。

これじゃまいう棒2本しか買えない!いや学食にまいう棒売ってないし!今からパン持ってきて食堂で食べるか?いやでもそれじゃ優香に申し訳ない気が...

ぐるぐる思考を巡らせていると、呑気な友人が「あっ!赤司様だ!見てみてほらほら超かっこいい!」と話しかけてきた。いや超かっこいいじゃねえよ今のわたしが超うろたえてんじゃねえかていうか赤司様ってなんだよ!様って!!と半ばヤケクソながらも好奇心には勝てず、友達の指さす方向を見た。
確かにそこに赤司君はいた。相変わらずすごいオーラだ。
しかしそれ以上に驚いたのは、その向かいに千尋ちゃんがいたことだ。
昼休みはいつも屋上でラノベ読んでるって聞いてたけどなんでここに。いやそもそもなんで赤司君といっしょにご飯食べてるんだ。
そういう疑問は後回しにして、あと2人の会計が終われば巡ってくるわたしの会計をどうしようかと考えた。
もう借りるしかない。でも誰に。
優香じゃ気が引ける。そこら辺の知らない人に借りるのは非常識だ。赤司君はお坊ちゃんだって聞いたからお金持ってそうだし優しいから貸してくれそうだけど話したことないからそれこそ非常識。じゃあ、千尋ちゃんは。
「ちょっと待っててすぐ戻る」と優香に早口で言い、わたしを救ってくれるであろう影薄幼なじみの元へ走った。

「千尋ちゃん!」

大声で呼びかけたから当然視線は集まった。赤司君も驚いてた。みんなそんな珍獣を見るような目で見るなよ!
千尋ちゃんも少し驚いてた。表情の少ない人だから珍しい。

千尋ちゃんや赤司君たちが食事をするテーブルの近くに着き息を整えていると、千尋ちゃんが「どうした」となだめるような声をかけてくれた。

「学食で食べたいんだけどお金忘れちゃって。絶対返すから400円貸して欲しい」

そのテーブルには赤司君の他に、真ん中分けの美人系イケメン、瞳がらんらんと輝いたやんちゃ系イケメン、モミアゲとヒゲが男らしいワイルド系イケメンがいた。その3人も驚いた顔でわたしを見ている。

「細かいのねえから1000円貸す。おつりもやるから返す時1000円返せ」

ついハグしそうになるのを抑えて1000円札を手渡してもらい、自分のできる限りの満面の笑みで「ありがとう!」と礼を行って優香の元に全速力で戻った。
会計はギリギリ間に合った。少しでも遅れていたら横入りの糞野郎だった、危ない。

「さっき赤司君の所に行ってたけどなんだったの!?いつのまに知り合ってたの!?まさかつかさも赤司君狙い!??」

空いていたテーブルに座った途端、優香は興奮した様子でこう聞いてきた。情報通とミーハーは紙一重だ。
ていうか赤司君狙いってなんだ...みんなあの芸能人も顔負けなカリスマイケメンを狙うほどの度胸持ってるの?肉食系かよ。

「違うし。幼なじみにお金借りたの」
「え?無冠の五将と幼なじみなの?」
「ムカン...?」
「赤司様と同じテーブルに座ってた3人のこと!男バスの2年のエースなんだって」
「何それ知らない全然違う人だ...赤司君の向かいに座ってた影薄い人見なかった?」
「え、そんな人いた...?」

そう言い優香は赤司君たちのいる方を目を凝らして見る。
油そばおいしいなあ。借りて買った分あるなあ。

「あの薄い灰色の髪の人?」
「ほうほう(そうそう)」

麺をすすりながらだからサ行がうまく出なかった。ごめん。

「あの人がつかさの彼氏?ちゃんと見るとかっこいいわね」
「彼氏じゃないって!」

優香は、またまた〜、と言いニヤニヤしながら油そばをすすった。これだからゴシップ大好き女子は...!

「1年で知らない人はいないわよ、つかさが3年の影薄いイケメンと付き合ってるって。一緒に学校に来たんだもん、そりゃ噂にもなるわよ」
「だから付き合ってるんじゃないってば、ただの幼なじみ」
「幼なじみと付き合うなんて少女漫画みたい〜」

完全にわたしをネタとしてしか見ていない...!酷すぎる友達だ。訴訟。即訴訟。

「てかあの人、男バスでひそかに有名な人じゃない」
「えっ、影薄いよ」
「キセキの世代が来て練習がいっそうキツくなって、男バスやめる人一気に出たんだって。あの人も1回退部したらしいの。でもその直後に赤司様に見初められて再入部したって聞いたわ。再入部と同時にレギュラー入りもしたし」

なんか特別な才能でも見出されたのかしらねー、と言い、麺をすする優香から目を離せなかった。

千尋ちゃんが退部したのも再入部したのは知ってる。
でもレギュラー入りしたのも聞いてない。
わたしが寝坊しない限り2人で学校に来てるのに。なんで言ってくれなかったんだろう。
確かに、千尋ちゃんは自分の見に起こった事を進んで話すような人じゃない。聞かない限り言ってこない。わたしが知らないのも無理ない。そうだ。これが普通だ。
でもなんで。なんでこんなに落ち込んでしまうんだろう。
レギュラー入りしたこと、1番最初に知りたかった。
わたしより先に優香が知っていた。優香より先に知っていた人もきっと大勢いる。

何より赤司君は、わたしの知らない千尋ちゃんを知っている。
きっとそうだ。いやそうにちがいない。なんで千尋ちゃんを再入部させたの。何を言って再入部させたの。
ああ見えて頑固な千尋ちゃんを折れさせたなんて。赤司君は何をしたんだろう。
黒いもやもやとした感情が表に出ていたらしく、優香は少し怯えた表情でわたしに話しかけた。

「なに怖い顔してんのよ!油そば、おいしくないの?」
「あ、いや...すごいおいしい。おいしいね!」

優香は、でしょー?と笑顔を向けてくれた。
千尋ちゃんたちが座る方を見ると、赤司君が千尋ちゃんにすました笑顔で話しかけ、千尋ちゃんは赤司君に嫌そうな顔を向けていた。
いつのまに自分の知らない世界が広がってたんだろう。
おいしい油そばは既に冷めていた。優香のごちそうさまでした、という声が頭にこだました。

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