0と100
□視線と亀裂
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「千尋ちゃん!」
聞き慣れた声が聞こえた。聞こえるはずのない場所で。
「学食で食べたいんだけどお金忘れちゃって。絶対返すから400円貸して欲しい」
つかさは必死な顔で俺の所に走ってきて、泣きそうな声でそう言った。
「細かいのねえから1000円貸す。おつりもやるから返す時1000円返せ」
「ありがとう!」
つかさは百万ワットの笑顔で俺に礼を言った。
でもそれを見ていたのは当然俺だけじゃなかった。
「千尋、彼女は誰だい」
「ちょっと黛さん、あの子誰よ!すっごい可愛いじゃない!」
「アンタ見かけによらず結構やるんだな!」
「あの子黛サンの彼女だよね!」
ただでさえ屋上でラノベを読めない辛い昼休みだというのに、葉山のこの爆弾投下のせいで俺のメンタルはいっそう悪化した。
「やだそうなの!?それほんとなの!??」
「だっていっつも朝一緒に来てんじゃん、俺黛サンと朝練来るタイミング一緒だからよく見んだよね」
いくら俺の影が薄いと言っても、つかさと一緒に登校している所を見られると周りはあることないことを言いふらし始める。いちいち反応していたらキリがないし、それに俺が極力他人に気付かれないように過ごしていればすぐにそんな噂はなくなり、俺は何も言われなくなる。
つかさは存在感がある分周りからひどいくらい煽られているようだが、相手が俺だということまでは知れ渡ってないらしい。
また近頃は朝練があるため、つかさに早起きを頑張らせて人の少ない朝早くに登校しているため、目撃者は大幅に減った。
見られてもせいぜい同じ部活の奴だから問題ないだろうと思っていたが、1番問題だった。少し考えれば分かることなのに油断していた。
スタメンのうちの誰かに見られることを考えていなかった。よりによって口の軽そうな葉山に。
「そういや俺も何回か見たことある気すんなあ」
「仲良さそうに話してるしたまに腕組んだりしてるしさ、ほんと幸せそうだよねー黛サン」
「破廉恥だわ!いくら狼でも校内では羊の皮を被ってなさいよ!」
根武谷にも見られてたかクソ。腕組んでるように見えるのはあいつが歩きながら居眠りしそうになった時よっかかってくるだけだ。あと狼じゃねえ、例えベタ過ぎんだろ。ていうか実渕は頬を染めるな気色悪い。
「男女交際を無理に止めることはしないが、部活に支障の出ない範囲で頼むよ」
赤司がいつもの貼り付けたような完璧な微笑みを口元に添えてそう言った。いつもより愉快そうな顔してやがる。楽しんでんじゃねえよお坊ちゃん。
「別に付き合ってねえよ、ただの幼なじみだ」
俺がこう言っても、こいつらは話をあらぬ方向へ転がしていくだけだった。
「いやあれは付き合ってなきゃおかしいっしょ〜」
「冷めた面してる癖に青春してんだな!」
「んもう往生際悪いわねえ黛さん」
俺をネタとしてしか扱ってないだろ。
少ししたら赤司が「今はミーティング中だ。せっかく千尋にも屋上から出向いてもらったんだ、この話は後にしよう」と言い、話を戻してくれた。ウチの無冠の五将ってのは赤司の言うことしか聞かないのか。
ちらりとつかさの方を見ると、普段より険しめな顔つきで、友人らしき女子と食を進めていた。
再入部してから更にキツくなった鬼のような練習をやっと終え、家に帰って飯を食って風呂に入った。
さすがに下校時は「帰る時間がそれぞれ違うから」という理由でつかさとは別々で帰っている。
登校も考えるべきだろうか。
つかさももう高1だ、恋煩いの1つや2つ、あって当然である。
そこに俺との噂が彼女の青春を邪魔してはいけない。やはり登校も別々の方がいいのでは。
問題集を広げシャーペンを持ちながらこのことについて考えていたら、携帯からラインが届いた通知音が鳴った。
つかさからだった。
“やっぱ早起き辛いから、あしたから1人で学校行ってもいい?(´・ω・`)”
体に稲妻が走ったような感覚に一瞬陥った。
やはりつかさは俺との関係をあれこれ言われることを迷惑に思っているのだろう。
“1人で行ってもいい?”という部分に目が行った。
どうして俺に許可をとるんだ。俺はお前の保護者でもなんでもない。お前の勝手にすればいい。
“好きにしろ”
そう返信した。
普段から使っている言葉なのに、いつもより怒りを含んでいるように見える気がする。これじゃ俺が拗ねてるように見えるだろうか。つかさは俺が怒ったと思って、びくびく怯えながら話しかけてくるだろうか。そんなつもりはないのに。どう言えば正解だった?
すぐに既読がついた。そしてすぐ、“了解!”とつかさは返信した。