0と100

□無意識と認識
1ページ/1ページ

5月も半ばを過ぎた頃。あと1ヶ月で高校初めての定期考査があるため、やる気のある人は勉強に力を入れ始めている。
わたしもそのやる気のある生徒のうちの1人で、今日から放課後教室に残って勉強をすると決めた。
なぜ怠け者のわたしがこんなに張り切っているかというと、おとといのクラスメイトとの会話があったからだ。進学情報に詳しい人から、「定期考査でいい点をとっておくと、大学入試で普通より楽ができる」的なことを聞いた。後から楽できるんだったら今のうち頑張っておいたほうが絶対いい!がんばろう!!と強く心に誓った。

しかしいざ家に帰ると、とにかくだらけるだけでなんにも進まない。明日やろう、明日やろうと日を延ばすだけだった。
このままじゃ駄目だ!中学の頃の二の舞だ、なんとかしなければと思い、この状況なのだ。
グランドや体育館の方から聞こえる運動部の声。あちこちから流れる吹奏楽器の拙い旋律。そして目の前に立ちはばかる物理の教科書とノート。
みんなが爽やかな青春を送る中、わたしは1人寂しくお勉強。
ああせつない。ああ分からない。ああ誰かに聞きたい!
いつもならここで真っ先に分からないところを写メって「これ教えて!」と千尋ちゃんにメッセージを送るのだが。
何せあのやりとりの後だ。なんとなく気まずい。
会ったら話をすることはするけれど、うっすらながらも壁ができた気がする。
まあこれでいいんだ。千尋ちゃんはまさかのレギュラー入りで練習が大変っぽいし、わたしはこれを機に千尋ちゃん離れすればいいし。きっとこれで変な噂もなくなる。
千尋ちゃんもうっとおしい幼なじみがいなくなってせいせいする。はず。たぶん。いや絶対。

これでいいんだ、これでいいんだ...と独りごちながらシャーペンを弄っていると、このわたししかいない教室に思わぬ人物がいらっしゃった。

「失礼します。ここの担任の先生がどこにいらっしゃるかご存知ですか?」

ガラガラと扉を開ける音と同時に、洗練されていながらもその人自身のストイックさが些か感じられる声の持ち主、1年生の中でぶっちぎりで1番有名な、あの赤司征十郎さんの姿が網膜に焼き付いた。

「...すいません...わかりません...」
「あれ?君は同じ学年の橘さんだね。勉強してるのかい」

なんでわたしの名前知ってんだこの人!!!いやそこすらも天才ならではの暗記力ゆえなのか!?なんにせよあの赤司君に名前覚えてもらってた...わーいやったね...でもなんかこわいね...

「はいそうなんです勉強してます」
「同じ学年だろう。敬語なんてよしてくれ」

赤司君はそう言ってわたしの方に近づいてきて、前の席に座った。
あの赤司君がわたしに話かけてる!あの赤司君とわたしが放課後の教室で2人きりで会話してる!あの赤司君がわたしの前の席に座ってる!やべえ!芸能人と会ってるみたいだ!

「分からない所があるのかい?」
「はい...あ、うん。ここが分からないで...分かんないんだ」

赤司君のオーラにあてられると自然と敬語が出てしまう。ほんとに同い年かよ。カリスマ過ぎる。さすが生徒会長と男バスキャプテンやるだけあるなあ。

「僕で良かったら教えようか」
「いいの!?よろしくおねがいします!」

赤司君は「だから敬語はやめてくれよ」とはにかみながらそう言い、わたしが指した問題に目を落とした。
あの赤司君に勉強教えてもらってる!あの赤司君がわたしの教科書を触ってる!あの赤司君がわたしのシャーペン握ってる!やべえ!赤司征十郎ファンクラブに入らざるを得ない!
近くで見るとほんとにかっこいい。美形。色白。肌きれい。まつげ長い。鼻筋通ってる。目と髪の色鮮やか。やばい。やばい。
入学式の時見た時はあどけなさが結構あっていかにも年上受けしそうな美少年だなあと思ってたけど、近くで見ると意外と男っぽいとこが多くて美青年だなあと思う。手とか腕とか骨っぽいし、髪の毛案外固そうだし。こうやって女子は赤司君に骨抜きにされるんだろうなあ、わかりますとてもわかります。だってかっこよすぎる。

「ここはこうなるからこれになって...」

解説が始まった。駄目だかっこよさに気をとられて集中力が!物理だ物理に目を向けろわたし!
なんとか煩悩を払い除けて彼の解説に集中して耳を傾けたら、さっきまで手も足も出なかった問題が、まるで魔法をかけられたかのように理解することができるようになった。

「...ということだよ」
「すごい!分かった!超分かった!え!!すごい!!ありがとう!!赤司君ありがとう!!!」
「そんな大げさだよ。少し落ち着いて」

またはにかんだ。うわあほんとかっこいい。
勉強できて人に教えるのも上手いなんてすごい。本当に完璧な人だ。

「大げさじゃないよ、お礼したいぐらいわかりやすかった」
「それは良かった」

じゃあ僕はこれで、と椅子から立ち上がった時、私の心に名残惜しさがあったのか無かったのか、つい彼を引き止めてしまった。

「何かな」
「あーっ...あっ!これあげる、お礼に」

あの赤司君を引き止めてしまった、どうしよう何かないかな何か...と机の上を見ると、糖分補給用に買っていたイチゴ味の飴が目に入ってきたため、即座にそれを赤司君に渡した。すると赤司君は少しびっくりした表情をしてこう言った。

「ありがとう。おいしくいただくよ」
「うん、息抜きも大切だもんね」

赤司君はどことなく淋しそうな顔でふっ、と笑った後、じゃあね橘さん、と言って教室を出て行った。

女子の人気ナンバーワンの赤司君とこんなにコミュニケーションをとれる日が来るなんて。明日さっそく優香に自慢しよう。
赤司君から教わったことを復習したら達成感を感じたので、イチゴ飴を口に放り込んだ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ