0と100

□回顧と思案
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「ねえねえ、この人たち何してるの?」
「...キスしてる」
「へえー...つかさもやりたい!」
「は!?」
「いっしょにきすしよう千尋ちゃん!」
「...いやキスっていうのは恋人どうしがするもので」
「きーすーしーたーいー!!!」


テストが終わって気が緩んでいるからか。練習中だというのに、余計なことばかり考えてしまう。
今思い出した小4の頃の記憶。つかさと2人でテレビを見ていたら偶然映った男女のキスシーン。キスを知らなかったつかさは無邪気にキスを要求した。あれが俺のファーストキス。つかさの初めてでもある。

「...したぞ」
「...えっ?もう?」
「うん...」
「いっしゅんだねえ」


俺は目をギリギリと瞑って肩をガチガチに強ばらせていたにも関わらず、つかさは少しはにかんだだけで、顔色ひとつ変えずにそれを受け入れた。
少し乾いた唇がふに、と形を変えて互いに触れ合う初めての感触。どれくらい長くしていていいのか分からず、1秒も経たないうちに唇を離した。

「だってわたしが好きなのは―――」

つかさのあの言葉を思い出す。その言葉の続きは何なのか。好奇心と恐怖心が混ざる。聞きたい。つかさが誰を好きなのか。でも怖い。それを知って俺はどうする。それが誰であっても納得できるはずがない。つかさをどうしたいのかくらいちゃんと分かってる。でもどうしようもない。

「いって!」
「んもう黛さん、ぼーっとしないでよ!」

後ろから飛んできたボールが背中にぶつかった。いてえ。実渕が至極迷惑そうな顔で注意してきた。クソだ。
クソ生意気な後輩に注意されるほどクソなことはない。でも自然と集中力は散漫になる。原因は分かってる。でもどうしようもない。

「千尋ちゃん、聞いて!彼氏ができたの」

高1の頃、つかさが初めての彼氏ができたと報告してきた時、俺はなんと言ったか。たしか適当なことを言ったと思う。

「俺には関係ない」

こう、言ったと思う。我ながら酷い祝福の言葉だ。
つかさに彼氏ができるのは嫌だ。あの頃と同じ不快感はもううんざりである。かと言って何かできるわけでもない。つかさにはつかさの学校生活がある。つかさの恋愛沙汰に口出しする権利なんて俺にはない。

「...どうしようもない」

口に出した言葉は想像以上に胸に残る。錆び付いた鉛のように嫌悪感を与える。

「うっわあぶね!黛サンしっかりしてよねっ」

葉山にぶつかられそうになった。あーもうほんとにクソだ。思い通りにならない体に嫌気が差して何もかもが嫌になる。
ふと、赤司と目が合った。こちらの心を全て見透かしてくるような鋭い瞳には畏怖すら覚える。いや、本当に見透かされているのだろう。以前の発言だってそうだ。あいつは全てを分かっている、そう確信した。

「千尋ちゃん、彼女できたんだ」

俺が中2と高1の時、短い期間ではあったが彼女がいた。その時のつかさの反応を思い出してみる。
俺に彼女がいる間、つかさは俺に会うと常に不満そうな顔をしていた。自意識過剰かもしれないが。でも明らかに普段よりも機嫌が悪かった。
これはいわゆる脈アリというやつだろうか。しかし脈があったにしろ、それはあくまで昔の話であって今の話ではない。それにつかさは表情豊かではあるが、時折何を考えているのか全く分からない時がある。不満イコール嫉妬と断言できるわけではない。
...訳が分からなくなってきた。俺はつかさのことが好きだが告白するつもりはさらさらない。だからこんなに深刻に悩む必要はないのだ。なのにどうして。

「千尋」

名前を呼ばれて振り向くと、いつもより冷ややかな表情の赤司がいた。

「今日は随分と集中力がないね」
「んなこたねえよ」
「部活に私情を持ち込むな」

そんなの分かってる。でもどうしようもない。気付けばあいつのことを考えている。ここまでつかさに依存しているのは初めてだ。
沈黙を続けると、赤司はそれを肯定ととったのかどうかは分からないが、俊敏に俺に背を向けて自身の練習に戻る。そもそもよく考えろと言ったのはお前なのに、よくもまあそんなことをしれっと言えるな。

赤司はつかさが誰を好きなのか知っているのだろうか。もしかしてそれは赤司自身なのだろうか。
もやもやとした感情を心の底に押さえつけ、バスケットボールにイライラをぶつけた。

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