0と100

□暴挙に疾走
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「ぎゃー!!速っ速っなにこれ!!」
「でしょー!やっぱ3人だと速さが全然違うんだよね!」
「マッスルチャリ漕ぎィ!!!」

永吉が自転車を全力で漕ぎ、荷台に小太郎が跨り、2人に挟まれるようにつかさが荷台のその隙間で跨っている。自転車の3人乗りなんて危険なことこの上ないが、永吉と小太郎が絶対に大丈夫だと言ったためそれを信用することにした。もし誰かが怪我をするようなことになっても制裁を加えればいいだけだ。

「ホント危ないわねえ...。つかさちゃんも、あんなやんちゃな子だったかしら」

隣で怪訝な顔でそう呟く玲央。確かに、つかさがこんなに活動的だったということには僕も驚いた。
つかさは積極的で明るい。彼女と言葉を交わすのは快い。試験期間になると勉強をたびたび質問しに来る姿勢も健気で好感的だ。しかしたまに影のある表情をする。きっと本人は無意識なのだろう、どうかしたのかと尋ねても、穢れたものなど何も知らないかのようなきらびやかな笑顔で「なんでもない」と言うだけだ。原因は千尋への想いだろう。千尋の名前を出すと、彼女の顔は僅かながらひきつる。これもきっと、本人が無意識のうちにやっていることなのだ。

「楽しそうで何よりじゃないか、少し品はないが」
「あんなキレーな女の子が、汗臭そうな筋肉馬鹿と遊び呆けてそうな野生児に挟まれるなんてもったいないわよねえ」
「なら、彼女につり合う男性とは?」

僕がちらと目線をやると、玲央は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、やあねえ、と浮き立った声を出した。

「そんなの決まってるじゃない、あの人でしょ」
「本人たちに気持ちがあるからと言って、必ずしも上手く行くわけではないようだが」
「そうね。焦れったいわ、あの2人」
「千尋に関しては部活中に惚けることさえなければそれで結構だが、つかさが哀しげな顔をするのは見ていて心が痛むね」
「つかさちゃんには笑顔が似合うもの」

それもあるが、つかさはどこか放っておけないのだ。何か手助けしてやりたいと思う、勉強にしろ恋愛にしろ。
千尋はこの気持ちが誰より強いのだろう。そしてそこに熱を帯びた感情があるのだろう。しかし彼はそれを行動に移さない。大概情けない奴だ。

「征ちゃん、時間大丈夫?」

玲央に言われて、自分たちがこの後軽いミーティングを控えていることを思い出した。ウィンターカップが近付いているため、そのことを踏まえて話をするつもりだ。ついさっきまでは、地元の強豪校と練習試合をしていた。ミーティングに参加するのは補欠を含むスターティングメンバーとマネージャーだけなので、他の部員がそれぞれ帰りやすいようにと現地解散だったのだ。つかさたちが乗っている自転車は、今から帰るつもりだった部員の物だろう。少し哀れな気もする。

「おっと、そろそろ行こうか」

近くのコンビニで立ち読みをしているであろう千尋を連れてこいとマネージャーに言い、愉快な3人に再度目を向けた。
猛烈なスピードで走る自転車から振り下ろされまいと永吉にしがみつくつかさ。そしてつかさの背中に無遠慮に密着する小太郎。この光景を見たら、彼は何を思うだろう。

「もう時間か」

そう言いながらマネージャーに連れられてきた彼はその光景を目にした。そして無言になった。元から口数の少ない人間だが、この時の無言はどことなく不穏さを感じた。

「なんであいつがいる」
「偶然そこで会ったんだ。そしたら永吉と小太郎とあんなことをし始めてね。随分と活気的なんだね、つかさは」

千尋はじっと3人を見つめた。彼の胸中が気になる。

「いつのまにあいつらは仲良くなった」
「ついさっきが初対面さ。彼らと彼女のフットワークの軽さがそうさせたんだろう」
「ほんとつかさちゃんって人懐っこいわよね。アタシ夏休み中あの子とばったり会っちゃって。ついお茶奢っちゃった」

玲央とつかさがそこまで親密になっていたことに僕も驚いたが、彼には到底及ばないだろう。一瞬目を見開いていた。

「...先に監督のとこ行ってっから」

千尋はそう言い、この場を離れた。
行くぞ、と3人乗りを楽しんでいる空間の方に向けて声をかければ、永吉が漕ぐのをやめ自転車を持ち主に返し、3人は談笑しながらこちらに来た。

「あ〜疲れた...試合直後の3ケツはキツいもんだな」
「試合だったんですか?」
「練習試合だけどねー。もちウチの圧勝!」

おめでとうございます、とつかさは言った。彼女が自転車を漕いだわけではないが、あまりの速さに心拍数が上がったのだろう、顔が赤らんでいる。普段の狡猾さのない表情とは打って変わって少し色っぽい。

「じゃあ、時間とっちゃってすみませんでした」
「いや、楽しんでもらえて何よりだよ」

つかさは僕達と反対方向に歩み出した。これから本屋に行くのだという。

「じゃあねー、さよならバスケ部ー」
「また3ケツしよーねつかさっ!」
「あはは!楽しかったでーす」

遠距離から互いに手を振った。いつものきらびらかな笑顔は僕らが前を向くまで消えなかった。

「あれが黛サンの幼なじみかー。あの人にはもったいなくね?」
「つっても黛さんだって見てくれわりい訳じゃねえだろよ」
「んーそういうんじゃなくてさ、性格が反対すぎるっていうか」

つかさはあんなに明るいしノリいいしかわいいのにさー、と口を尖らせながら小太郎が言う。

「正反対だからこそお似合いなんじゃない?」

そこで玲央が口を開いた。僕もその意見には賛成だ、あの凹凸がちょうどいいのだと思う。

「そうなんかねー...」
「どっちにしろ早くくっつけばいいのにな」
「だねっ!見てて焦れったい」
「...何の話だ」

習得してしばらく経つミスディレクションを行使する千尋の存在に気づかなかった小太郎達は、慌てふためき苦し紛れの弁解をし始めた。

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