短編

□網の張り始め
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私は昔から女に嫌われた。なまえちゃんってぶりっこだよねと面と向かって言われたこともある。今もそうだ。この帝光中に入ってからも女子からの嫌われっぷりは健在である。みょうじなまえは無類の男好きという噂はもはや常識になりつつあるらしい。
男好きというのは否定しない。だって男は少し媚びればその3倍は優しくしてくれるし、何か買ってくれるし、それに気持ちよくしてくれる。けれど今、私は1人の女の子のことが気になっている。
桃井さつき。2年になってクラスが一緒になって、最初はこんな子がいたんだ程度にしか思っていなかった。けれどその鮮やかな桃色の髪は嫌でも視界に入ってきて、そのついでにその子本体のことも見ていたら、いつのまにか彼女を目で追うのが常となっていた。
そして中学2年1回目の席替え、私は彼女の隣になった。「よろしくねなまえちゃん」「教科書忘れちゃった!見せてくれる?」「ねー聞いて!大ちゃんが酷いの!」などと表情豊かに私に語りかけてくる姿はとても愛らしく、ますます彼女に惹き込まれた。
彼女も私の評判は耳にしたことがあるはずだ。にも関わらず毎回毎回屈託のない笑顔をまっすぐ私に向けてくれる。それはもしかしたら、彼女も私と似た人種だからかもしれない。
桃井さつきは学年の中でも飛び抜けて可愛い。プロポーションが中学生とは思えないほどいい。明るく人懐っこい性格。イケメン(私は好きじゃないけど)の幼なじみ。イケメンだらけの男バス1軍マネージャー。これらの要素は自然と他の女子の妬みを買う。つまり彼女は周囲の女子に好かれていない。皮肉にも、女子から嫌われているという共通点が、彼女が私を引き付けた理由なのかもしれない。
けれど不憫さで言えば彼女の方が上だ。一生懸命にマネージャーの仕事をこなして、ガサツな幼なじみの面倒を見て、授業も真面目にノートをとって。彼女本人は至って真面目なのだ。ただ生まれつきの容姿と性格が周りからの嫉みを生んでいる。意図的に嫌われようとして嫌われていない。本人はそれに気付いているけど、何をどうすれば周りと同じになれるか分からないので苦悩する他ない。そして嫌々ながらも自分の宿命を受け入れる。一方私は、計算づくで日常生活を送っている。女子の中の体裁などどうでもいい。男からの好意が絶えなければそれで問題ない。便利なのは断然男だ。ビッチだのなんだの勝手に言ってろというスタンス。
その天然苦労人美少女は、友人の和泉さんとやらと談笑している。ちなみに和泉さんは私のことを好いてない。(というか女子で私に好意を持つ人なんてほとんどいないんだけど。)なので和泉さんが近くにいるときは桃井さつきには近付かない。嫌な顔をされても不快なだけだから。
予鈴はすぐに鳴った。鮮やかな桃色がさらさらとなびきながらこちらに向かってくる。その桃色は一瞬で私を虜にする。どくりと胸が高鳴った。

「次なんだっけ?」

にこにこと私に問いかける。その声は透き通っていて、きらきらしていて、そして多少の媚を孕んでいる。

「数学だったと思うよ。桃井さん予習やった?」
「あっ!?どうしよやってない!みょうじさんやった?」
「私もやってない。別にやんなくてもいいと思わない?あれくらい」
「うーん...でもあてられたら慌てちゃうからやっておきたいかも」

桃井さつきは、よしっ、と軽くガッツポーズをしてシャーペンを握り、予習に取り組み始めた。
授業が始まるまであと5分もないのに。今日の授業の分の予習は終わるはずない。それでも彼女は健気にそれをする。

私のこの想いも、人から見れば無駄なのだろうか。女が女を好きになる。無い話ではないが、健全な中学2年生にはいささか不釣り合いな話だ。でも私ならきっとできる。彼女を、桃井さんを自分のモノにしてみせる。
無意識に甘美な誘いを向ける隣の桃色を横目で盗み見た。さて、これからどうしようか。

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