短編

□真実を
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しんとした夜。ふとテーブルの上にぽつんと置かれた携帯電話に視線がいった。
―やっぱり、まだ諦められない…―
名無しは小さなため息を吐いた。あんなにも自分が好きだった人…ベジータがブルマと結婚していた。
自分が遠くへ修行のために行っている間に。戻ってきたときにはもうそうなっていた。ベジータから聞いたのではなく、悟空が言っていた。
名無しが戻ってきた事を知ったベジータは名無しに会いにいった。だが名無しは、ベジータが幸せになるならそれでいいと、話を聞かなかった。
そして、そっとベジータを外へ押しやった。諦めよう、もう終わったんだと自分に言い聞かせ、ベジータに何も言わないでほしいと訴えた。

(それでも…)

やっぱり、完全に諦める事が出来なかった。心はずっとモヤモヤしている。
話を聞けばよかっただろうか。あれから一度も会っていない。会って話をする事が怖かった。
話をすることで、自分が傷ついたりしたら、と恐れて、逃げているのだ。
携帯電話を手に取った。驚くほど自分の手はひどく震えている。今でも怖い。でも、指は自然に動く。
出てくれるかな。俺だって分かった瞬間、切られてしまうかな。恐怖と、ベジータと話したいという願い。そして…。

『…もしもし』

彼の声が、聞こえてきた。

「もしもし、ベジータ?」

電話に出たベジータは、瞬間、黙った。名無しはその沈黙を必死に聞きとろうとした。

「俺です、名無しです」

ベジータは、まだ黙っている。

「急に電話かけたりしてごめんね。…どうしても、ベジータと話したくて」

心の隅で、デンワ、キラレチャウカモヨ。と、何かが囁いた。
切られてしまう事を恐れている『自分』なのかもしれない。だが、ベジータは、言った。

『久しぶり…だな』

名無しは泣きそうになった。身体が震えだし、携帯電話を落としそうになった。

『…もしもし、名無し?』

低い声がじいん、と耳に残る。名前を呼んでくれた、それだけで嬉しかった。

「うん―――俺は元気だよ。ちゃんと、毎日3食とってるし」

自分は何を言っているんだ。違う。こんなことを伝えたいわけじゃない。

『そうか。それならよかった』

落ちついた、でもどこか悲しみに満ちている、優しい声。
話も聞かずに追いだした自分の話を、ちゃんと聞いてくれているベジータに、驚いた。

「ベジータ」
『…ブルマが』
「えっ?」
『お前の事を、心配していた』
「…あ、そう、なんだ…」

ベジータは、心配してくれたの?
聞いてみようかと思ったけれど、ふっと声に出る前に、消えた。

「ベジータ」
『ん?』

寂しいよ。ベジータと会って、話せない事が、悲しいよ。

「会いたいよ…」

素直な気持ちが、ぽろりとこぼれた。ついに、涙が出た。

「ベジータに…会いたい…話が、したいよ…」

もう、ここで、切られてしまうだろう。そう確信した。けれど、

『…俺も、会いたい』
「!」

耳を疑った。

『今、どこにいる?家か?』
「う、うん…」
『待ってろ…すぐ行く』
「えっ…」

カチリ。電話が切れた。
それなら、家のカギを開けておかなくちゃ。名無しはドアのカギを急いで開けた。

「あ、うう」

また涙があふれる。泣き顔を見られてはいけない、とティッシュで慌てて顔を拭いた。

ドンドンドン

「あ、開いて、るよ」

なるべく大きな声で言うと、カチャリとドアが開いた。
そしてベジータの姿が一瞬だけ見えて、突然何かが覆いかぶさるように――。ベジータに抱きしめられていた。
外は寒くて、ベジータは飛んできたのだと思うが、身体が冷たかった。でも力は強くて…まるで逃げないように、離さないかのように。

「ベ、ベジータ」
「名無し…会いたかった…」
「っう…ベジータ…!」

泣かないと決めたのに、結局泣いてしまった。

足に力がでなくて、動けなかった。ベジータはそんな名無しを抱きかかえた。
リビングまで歩いてくると、ソファにゆっくりと優しくおろす。

(どうして、優しくするんだろう)

名無しはこんな自分に優しくするベジータに、疑問と愛しさを感じた。
今だけは、優しくしてほしいという気持ちが、こっそりと潜んでいた。

「ベジータ、あの、俺」
「落ちつけ。名無し」

ベジータはしっかりと、名無しの顔を見つめている。

「…あの時はごめん」
「…あの、時?」
「俺が此処に帰って来た時に、ベジータは俺に会いに来たでしょ」

ベジータはこくり、と頷く。

「話を聞かずに追い出して、ごめん。ずっと謝りたかったけど…会うのが、話すのが、怖くて」
「…それは、もういい。俺も同じだ。お前に言いたい事が山ほどあったが…何故かためらってしまうんだ」
「うん…そうか」
「名無し…お前が遠くに行っている間、俺は…」
「うん。知ってる」

ベジータが言いたいのは、きっとブルマと結婚した事だろう。

「…誰に、聞いた?」
「悟空」
「…そうか。だが本当は、嫌、だった」
「……どう、して」

唇が震えた。嫌って…どういうことだ?

「俺の本命は、お前だ」

名無しは、俯いていた顔を、ばっと上げた。

「え、ベジ…」
「お前が好きなんだ」
「……!」

名無しは、顔を赤くした。ベジータは決して目を逸らす事なく名無しを見つめる。

「でも、ブルマさんが」
「安心しろ。別れてやる」
「そしたら、ブルマさん…」
「いいんだ」

名無しはベジータに再び抱きしめられた。

「信じて、いい?」
「ああ」
「良か、った…俺も、あ、ひぐ、ベジータのこと、好きで、でも、もう諦めようかと思っていて」
「俺も…お前の事を、やはり諦めた方がいいのかと思った」
「ごめんね、ごめんね」
「っ、だから、謝らなくて、いい!」

名無しは、ベジータと何度も何度もキスをした。
二人の願いは、やっと叶ったのである。

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