短編

□特別な気持ち
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コンコン

「バーダックさん」

返事がない。いないのだろうか。

「バーダックさん」

もう一度名を呼んでみる。
すると、だるそうな声が聞こえてきた。

「なんだよ」
「あ、もしかして今起きましたか?すみません…」
「…何か用でもあんのか?」
「あ、はい」

ウィーン、とドアが開くと。
ボサボサ頭のバーダックが眠そうな顔をしているのが見えた。

「ごめんなさい。昨日帰ってきたばかりなのに」
「…そういうのはいいからよ、用件は?」

名無しは袋を持っていた。
そして慌ただしく袋の中をがさがさとあさる。

「あの。これ、良かったら、どうぞ」

渡されたのはチョコレートだった。

「……これ、どこのだ?」
「え?」
「だから、何処で売ってたかってことだよ」

名無しは、ぽかんと口を開けて、しばらくしてあははと笑った。

「何笑ってんだよ」
「あ、すみません。これ、俺が作ったんです」

今度はバーダックがぽかん、と口を開けた。

「……これお前が作ったのか?」
「はい。これを食べて、少しでも元気になってくれれば、と思って」
「………」

それにしては上手すぎる。そもそもこれは、男が作るようなものではない。
透明の袋の中には一口サイズでパクパク食べられそうなチョコレートが数個入っている。
ヨダレが出そうになったので誤魔化すように横を向いた。

「あ、ああ…ありがとよ」
「?いえいえ」

名無しはにっこり笑って、食べてみて下さいと言った。

「…何か、勿体ねえ」
「遠慮しないでください。多分美味しいですよ」
「いや…そういう意味じゃねえよ」

名無しは思わず「えっ?」と声をあげた。

「………嬉しいんだよ」

ぼそっと言うと少し強引に袋を受け取った。

「俺も嬉しいですよ。受け取ってもらえて」
「………お前何も分かってねえな…」
「そうですか?」

首を傾げる名無しに、何となく溜め息が出そうになった。

「…じゃあ、毎日ちょっとずつ食う」
「あはは、ありがとうございます」
「お、おう」

何かコイツといると調子狂うんだよな…と、
バーダックはもやもやした気持ちに苛立ち、頭をぼりぼり掻いた。

「じゃ、そろそろ。ゆっくり休んで下さい」
「ああ」

くる、と背中を向けた名無しに、
バーダックは何故か名無しの手に目がいった。

「待て」

行かないでくれ、という気持ちが言葉に出た。無意識に名無しの腕を掴んでいた。
それに…

「おい…その…お前が作ったやつ…他の奴には、渡すなよ」

名無しはバーダックを見たり、自分の腕を掴んだ、彼の腕を見たり、
どう反応すればいいのかと混乱していた。

「え…あの…バーダックさん?」
「あ…いや、これを食うのは、お、俺だけに、してほしいっつうか」

自分でも何を言っているのか、訳がわからなかった。

「つ…つまりだな、名無しの作った物を、
周りの奴等に食わせたくねえってことだ!」

(名無しが作ったもんを周りの奴等が食ってたら、
何だかイライラするかもしれねえし…って、何だ、俺何言ってるんだ!?)

「バーダックさん」
「あっ、おう」

名無しはきっと嫌そうな顔をするだろう、と思っていたら。
名無しは顔を赤くしていた。

「あの…嬉しいです」
「はっ?」
「それってバーダックさんにだけ渡すってことですし…特別な感じがして」
「……あ、ああ。そう、だな」

(周りの奴等に食ってほしくない…、って、それってつまり、俺は名無しのことが…!?)

二人とも混乱しているのか言葉がごちゃごちゃである。

「……もう訳わからん…」
「ご、ごめんなさい。元々こんなの渡そうとした俺が悪いんです」
「だ、大丈夫だ。嬉しいからよ。お、お前、そろそろ帰った方がいいんじゃねえか?」

これ以上話していると気まずくなる、と考えたバーダックは、
名無しの腕を掴んでいた手をぱっと放す。
きっとまだ眠いから言葉がおかしくなってるんだと無理矢理納得し、
名無しに帰るよう言った。

「は、はい。そろそろ帰りますね」

名無しも照れているのを隠すように、逃げるように、そそくさと帰っていった。

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