短編
□もう気にしないで
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サイヤ人は皆でかい。けれど、名無しは違った。
*
サイヤ人は「小さい」グループと「でかい」グループに分かれている。
ほとんどのサイヤ人は「でかい」グループに入っているが、名無しやベジータ、子供などは「小さい」グループだ。
名無しはそのことをとても恥ずかしく思っており、誰も見ていないところで牛乳をこっそり飲んだりしている。
何故ナイショで飲んでいるのかと言うと、もし飲んでいるところを見られたら
「身長を伸ばそうとしているんだ」とか、「やることがガキっぽいよな」とか、「いい歳してまだあいつ「小さい」グループに入ってるんだぜ」とか言われ、笑われるだろう。
コップ1杯分の牛乳を一気飲みすると、伸びるように両手を合わせて祈った。
と、いっても全く身長が伸びないのだが…。
(第一なんでグループとか分けてるんだ。たかが身長だ、馬鹿馬鹿しいじゃないか)
とは思っているものの、
やはり自分だけ小さいというのは恥だ(王子は一応仲間だけど、気にしていないようだし、そもそも身長の話をすると怒る)。
牛乳以外に何かいい方法はないかと考え込んでいたせいで、誰かとぶつかった。
「わっ!」
「おっと」
すみません、と言おうとしたが、顔を上げた名無しが見ているのは顔ではなく身体。
つまり名無しよりもずっと大きい人とぶつかったわけだ。慌てて上を見上げると。
「ら、ラディッツ!」
「何だお前か…」
こんなとこで何してんだよ、と言うかのように呆れた顔をするラディッツ。
ラディッツは名無しよりもずっと背が高く、勿論「でかい」グループに入っている。
いや、そんなことはどうでもいい。名無しはラディッツを見るなりむっとした。
「相変わらずでかいね」
「は?何だよ…って、お前、口の周りに何か付いてるぞ…牛乳、か?」
「!?!?」
えっ!?と驚きあわてふためく名無し。
(しまった、拭き忘れていた…!)
ポケットティッシュも今は持っていない。
「どうして慌ててんだよ…ほら」
突然ラディッツの大きな手が近づいてきて、何をするのかと思っていると。
なんと、ラディッツが手で名無しの口を拭ってくれた。
「…あ、ありがとう…」
「部屋を出る前に、鏡で確認しろよ」
「わ、わかってるよ!今回は…その、たまたま忘れてただけで…」
「はいはい、わかったわかった」
話を遮られて、名無しはまたむすっと不機嫌顔。
「今日はやけに機嫌が悪いな」
「そんなことありません」
「ふうん。…お前、首痛くないのか?」
「んなっ!!う、うるさいわいっ!ラディッツが悪いんだよ、でかすぎるから」
「それは悪かったな。あ、名無し…待てよ」
これ以上話しているとさらに腹が立つだけだと、名無しは別れの言葉も言わずに背を向け去っていった。
ラディッツは何かしたかなとわけが分からないまま名無しを追いかける。
「おい、何怒ってるんだよ」
「ほっといてよ」
「…さっき口を勝手に拭ったから?」
「違う」
「ぶつかったからか?」
「違う」
「…身長の事か?」
「……」
名無しは黙り込んだ。足がぴたりと止まる。
ラディッツは何とか追いついて、名無しの手を握った。
「名無し、お前…」
「だって、馬鹿にされるのが、嫌だから」
しゃくりあげそうになって、名無しは拳をぎゅっと握り締めた。
「そんなこと、気にするなよ」
「ラディッツに言われたくないよ!」
「気にしてどうするんだよ。どうでもいいだろ、そんなこと」
「でも、このままじゃ、ずっと、俺…」
「いちいち気にしてたら終わりだぞ」
「…」
「それに、お前は小さい方がいい」
「うん…えっ…?」
名無しは思わず振り返る。
「…俺個人の意見なんだけどな…」
顔を赤くして、消え入るような声でラディッツは言った。
「ラディッツ」
「…俺だってグループとか、でかいとか小さいとか、そういうの嫌いだ。差別みたいじゃねえか。
でも名無し…それにいちいち突っ込んだりするなよ」
「…どうして」
「面倒な事になるだろ」
「…そう、かもしれないけど」
「それに。お前がでかくなったら王子が可哀想だろ」
ラディッツは冗談を言った。目が笑っている。
「あ…ははは、確かに、そう、だね」
冗談に笑ってしまったけれど、名無しの目からぽろ、と一つ涙を流した。
「ご、めん、俺、馬鹿みたい…」
「名無し…」
ラディッツは涙を流す名無しの頬に両手を添える。
「泣くなよ」
「ひぐ、うっ、ごめん、ラディッツ」
「馬鹿みたいだなんて、言うな」
「でも、気にしてた俺って、やっぱり、馬鹿じゃ、ないか」
「もういい。いいから。泣くな、名無し」
「う、うう、ひっ、ラ、ディ」
「……名無し…」
ラディッツの胸の中で、名無しはずっと泣いていた。やがて、泣き疲れ、眠りに落ちた。
翌日、ラディッツはグループを作った者を探し出して痛めつけた。
その日から、グループそのものがなくなった。
「ラディッツ!」
「ん?」
「1cm、伸びたよ!」
「はあ、伸びたら駄目だって言ってるだろうが」
だってそうなったら、お前の頭を撫でる事も、出来なくなってしまうのだから。