短編
□大丈夫だよ
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「お願いします、どうか僕を地獄に行かせてください」
何度も懇願する男に、閻魔大王は困り果てていた。
彼の名は、名無し。
「しかし…おまえは確かに幾多の人々を殺しているが、それは自分の意思でやったものではないだろう?」
「お願いです。地獄に行って、心を洗いたいのです。生きている間、僕は何度も後悔しました。間違ったことをして…」
「うーむ…」
「閻魔様もお分かりのはずです。確かに僕は、人を殺そうと思ったことはありません。
…だけど…嫌なのに、殺さないと、嫌われてしまったり、暴力を振るわれたりしてしまうと思ってしまって…それで、結局僕は…」
唇をかみ締めて、頭を垂れた。そして、もう一度、閻魔大王に懇願した。
「お願いです…僕はこれ以上、後悔したくないんです。僕は間違っています。僕自身が…。
ですから、地獄に行かせてください! 情けない僕には、苦しみと痛みが必要だと思うのです」
これほどまでとは…と呆気にとられる閻魔大王。
(地獄に行きたがる死人がいるとは、これまた珍しい…)
よっぽど彼は悲しく、苦しい人生を送ってきたのであろう。自分を何度も責めて、心をぼろぼろにして…。
「…わかった。地獄行きにしてやろう」
「ありがとうございます!」
瞳を輝かせて喜びの声をあげた名無し。
そんな彼に、再び呆気にとられる閻魔大王であった。
*
地獄には、石を積み重ねたような形の岩や葉がなく枝がとがった木、それに針の山や火の谷、遊園地などがあった。
「ここが地獄か…」
半透明な赤い液体の塊で円錐形をした血の池地獄や、針だらけの巨大な鉄球が積み重なった針の山地獄もあった。
「フリーザとかに会わなければいいんだけど…」
きょろきょろと辺りを見回していると…
「名無し…か?」
聞き慣れた声。誰だ、と聞く必要もなかった。
「ベジータ!」
*
「名無し…どうして此処に? お前は天国行きのはずじゃ…」
ベジータに抱きつくと、頭をなでなでと撫でられ、くすぐったい気分になった。
「うん…本当はそうなるはずだったんだけど…」
「だけど?」
名無しはベジータに理由を説明した。
すると、彼は少し眉を下げた。
「そうか…そうなったのも、全て俺のせいだな…すまない」
「ベジータは悪くないよ! 全部…僕が悪かったんだ…」
「名無し…」
ベジータはぎゅう、と胸が痛くなり、名無しを強く抱きしめた。
そして、しばらく抱きしめあっていると、名無しは身体をすっと離した。
「ベジータ、怪我してるね…」
「ああ…だがあの苦しみを思えば、どんなことだって辛抱できる」
服が所々破けており、破けた部分から見える怪我はとても痛々しいものだった。
「だが、本当にいいのか? 生き返るまで、お前は此処で何度も苦しむことになるぞ…」
「いいんだ。僕は自分自身に罰を与えないといけないと思うんだ。こんな情けない僕にね」
「…そうか」
「それに、ベジータがいるから、大丈夫」
ベジータを心配させないように、名無しは笑ってそう言った。
「…そうだな…俺も、お前がいて嬉しい」
素直に答えたベジータは、微笑した。
「じゃあ、ベジータ、またね」
「…行くのか?」
「うん」
「……お前だけでも、早く生き返ればいいんだが…」
「いいよ。僕、今度閻魔様にお願いしてみるよ。しばらく生き返らせないでほしいって…」
「そうか。それなら、俺もずっと此処に居る」
「えっ!?」
どうして、と尋ねようとしたが、ベジータに先に理由を言われた。
「お前が居なければ、退屈だからだ」
「…でも…地獄は、苦しいよ」
「お前と居れば、苦しみなど関係ない」
「……そっか…。ねえ、ベジータ、なんだか、やけに素直だね?」
「…これは、俺の本当の気持ちだ」
「……ははっ。…うん」
I won't be afraid as long as you stand by me.
あなたがいれば、怖くない。