短編

□心配
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ぴちゃ。

「雨だ…」

突如降り出した雨。しばらくは止みそうにない。
ぽつぽつ…最初はゆっくり、優しく地面に落ちては水飛沫が飛び散るものの…
ざあああああああ
激しく降り出し、名無しの身体を数秒でびしょぬれにさせた。決して数えることが出来ない無数の粒はまるで矢のように落ちてくる。痛い。

「はあ…どこか、雨宿りできるところはないかな…」

片手に食材の入ったビニール袋。もう片方の手に、びしょぬれになった携帯。
もう使えなくなってしまったのかもしれない。
周りを見回すが、建物も家も見つからない。こうなってしまっては仕方がない…。確実に風邪を引くだろう。

「…くしゅっ」

小さなくしゃみをすると、急に身体が震えだす。
参った。寒いのは苦手なのに。
しばらく呆然と立ち尽くしていると、ピルルルルル、と突然片手に持っていた携帯が震えだした。
壊れていなかったようだ…なんとなく安心した。
携帯電話を見てみると…「ベジータ」。

「も、もしもし…?」
『貴様、今どこにいるんだ!』

どこか心配そうな、怒ったような、そんな声だ。
ああ、身体が冷たい。手が震えだす。風邪どころか、高熱を出しそうだ。

「ご、ごめん…今、外にいるんだ」
『外?こんな豪雨の中で何をやっている!』
「か…いもの…」

突然ぐらりと視界がぼやけ始めた。
頭がずきずきと痛み始め、何だか身体全体がじわじわと熱くなっていくようだ…。

『おい、名無し!』
「べ、じいた…あつ、いよ…」
『な…お前、まさか…!』
「あたまが、い、た…」

どさり。
何かが倒れる音がした。同時に携帯ががちゃん!と地面に投げ出されたのか、壊れたような音が聞こえた。
その瞬間電話が切れた。ベジータは携帯を放り投げると外に出た。





意識が朦朧とする中、名無しは空から永遠に降り続ける雨をぼうっと見つめていた。
倒れた瞬間携帯はどこかに投げ出されてしまったようだ。確実に壊れた。もう使えないだろう。
ああ、靴の中が冷や冷やと、水が中に入って冷たかった。ズボンもびしょぬれで履いた心地がしない。
眠気が襲ってくる。相変わらず頭はずきずきする。熱もどんどん上がっていっているのか、心臓あたりが燃えるように熱い。

「はっ、はあ」

ぱしゃぱしゃ。
水飛沫が飛び散る音が聞こえる。いや、気のせいだろうか。熱の所為だ。
その音は段々大きく、よく聞こえてきた。起き上がることも出来ない。

「名無し!」

自分の名を呼ぶ声。
あの声は…ベジータだ。ベジータが来てくれたのだ。
それでも名無しは意識が朦朧としているから、これも気のせいだろうと思い込んでいた。

「名無し!…っ、大丈夫か!」

ひどく焦った彼の姿。そこでようやく彼が来てくれたんだとわかった。
眉もだらりと下がり、彼も名無しのようにびしょぬれだった。名無しを抱きかかえると、さらに眉を深く下げる。

「べ、じいた、ごめんね」
「熱があるじゃないか…!」
「はあ、はあっ」

苦しくなってきて、息が段々荒くなる。
ベジータの濡れた大きな手が額に触れた。

「…名無し…死ぬな…お前が居なくなったら俺は…」
「だ、いじょうぶだよ、熱が出た、だけだよ」
「すぐに看病してやるからな…」

ベジータに抱きかかえられて、家まで飛んでいった。
その間に、何だか突然眠くなってきて、名無しは目をゆっくりと閉じた。






「……うーん…」

目が覚めると、そこは家の中だった。
まだ頭がずきずきする。すぐ近くに体温計が置いてあった。

「ベジータ?」

痛む頭に片目を瞑りながら起き上がると、ベジータは背を向けて椅子に座っていた。
何だか疲れているようだった。必死に看病してくれたのだろう。

「ベジータ」
「…名無し!」

もう一度声をかけると、ベジータは椅子から立ち上がって名無しを強く抱きしめた。

「もう大丈夫か?具合はよくなったか?」
「ま、まだ頭が痛いんだ」
「そうか、ゆっくり休めよ…俺が傍にいるからな」

名無しの事となると、ベジータは優しくて素直になる。
いつもは素っ気無い返事をしたり、眉を吊り上げて睨んできたりするけれど、本当は優しいのだ。
今のように、名無しの身に何かがあるといつも心配する。少し怪我をした時でもそうだ。

「何か食べたいものはあるか?」
「ううん、大丈夫」
「そうか…」

名無しを寝かせると、ベジータは隣に腰を下ろして名無しを見つめる。

「熱は少し下がったな」
「うん」

温くなったタオルを冷やして、再び名無しの額に乗せる。
名無しは気持ちいいのか、へにゃりと笑った。

「ベジータ」
「ん?」
「ありがとう。好きだよ」

本当は優しくて、いつも傍にいてくれる不器用な彼。
好きだなんて、これまで何度も言ってきたけれど。言わなくてもきっと分かっているかもしれないけれど。

(それでも、言わせて欲しいんだ)

「…ああ。それくらい分かっている」

ふっと微笑んだベジータは、頬をピンク色に染めていた。

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