短編

□完璧な男
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「あら、こんにちは」
「はじめまして、奥方」
「まあ、奥方だなんて。そんなにかしこまらなくても良いですよ」
「いえ。そういうわけにいきません。……名無しさんはご自宅の中にいらっしゃいますか?」
「ええ、いますよ。案内しましょうか?」
「嗚呼、申し訳ありません。奥方」





「名無し〜、降りてきて頂戴」

下の階から名を呼んでみるが、反応なし。

「眠っているのですね」
「ええ、疲れてるんでしょうねえ。もう少し寝させておいてあげてください」

白いマントを羽織ったその男、名無しの恋人と見られる。
名無しの母はその男を心の中で評価してみる。身体、性格などをまずは外見で判断し、後は実際に会話してみる。今のところ100点。
というか先程出会った時「奥方」と言われたときから彼女は上機嫌であるために判定がゆるいのである。
とりあえず向かい合わせになって椅子に座り、色々と質問を投げかける。

「貴方、お名前はなんていうの?」
「ターレスです」
「まあ、良い名前ね」
「恐縮です」
「うちの息子の……アレかしら?」
「はい。もしかすると、奥方のお耳に入っておられませんか?」
「ええ、何も言ってこないわよ。私、貴方を一目見てうちの子の恋人かなって思ったのよ」
「ご挨拶をするのが遅れてしまいまして、誠に申し訳ありません。内緒で交際を続けようとは断じて考えておりませんので、ご安心ください」

完璧である。
名無し、貴方はとっても優しい恋人をお持ちになったのね。母さん嬉しいわ。
それにしてもこのターレスという男、驚いたり申し訳なさそうな顔をしたり笑って見せたりと、決して表情を一つに固めていない。今はにこにこ笑っている。
そして何よりも、この「奥方」という、素敵な呼び方。そう言われるたび母は笑みがこぼれるのであった。

「あら!お茶を出すのを忘れていたわ、ごめんなさいね。今出してくるわ」
「いえいえ、構いませんよ。奥方、少し顔色が悪いですし、お休みになられてはどうでしょうか」
「あ、あら。そうかしら?そういえば、何だか少し体が重いわ」

ドタドタ。
上から音が聞こえてきた。カチャリとドアが開いて、とんとんと早足で階段を下りていく。
名無しが頭をボリボリ掻きながら1階までやってきたのである。

「ふわああああ〜……あれ?タ、ターレス!」
「名無し、おはよう」
「あ、うん、おはよう……母さん、どうしたんだよ、この状況は」
「たまたまターレス君と会ってね。ちょっとおしゃべりしてたのよ。もう、どうしてターレス君と付き合ってること早く言ってくれなかったのよ」
「えっ?あ、そ、それは……」

名無しは今度は頬をぽりぽり掻きながら眉を下げる。
ターレスはふふ、と控えめに笑うと、席を立ち上がった。

「奥方、すみません。名無しさんを少しの間借りてもよろしいでしょうか」
「いいわよいいわよ」
「……う、うーん。二人とも、何だか仲良いね?」
「ターレス君ったら私のことを「奥方」って呼んでくれてね!もうホントに非の打ち所がないわ。ターレス君、これからも名無しと仲良くしてやって頂戴ね」
「ええ、勿論です。名無し、行こうか」
「え、あ、ちょっと待ってよ、着替えなくちゃ」





外に出ると、ターレスの口調は一変。
色っぽい男に戻ってしまうのである。まあ勿論、今の彼の会話相手は名無ししか居ないからである。

「お前の母さん、いい人だな」
「うん。優しいでしょ。その優しさに、いつも助けられてるんだ」
「俺の本来の性格を知ってしまったら、どんな顔をするだろうか……」
「ま、まあ、知ってもあんまり怒らないと思うよ」

腕を掴まれターレスの胸に顔をうずめるような形になると、
名無しはまだ慣れないのか抵抗したり顔を真っ赤にするのであった。

「なあ、今度の仕事は俺と一緒に行かないか」
「う、うん、いいけど」
「戦いが終わったら……まあ、その後は分かるよな?」
「っ、あうう、ターレスは毎日やらないと気が済まないの?」
「どうだか。お前があんな可愛い声で鳴くからじゃないか?」

名無しは恥ずかしさのあまり思いっきりターレスの足を踏んだ。
それと同時にターレスから身体が離れる。

「アイデッ!」
「こんなところで言わないでよ!!」
「悪い悪い……多分聞こえてねえよ」
「多分じゃ駄目なんだよ!」
「じゃあ絶対」

はあ、と呆れたようにため息をつきながら、ちらりとターレスを見るのだが、
彼の首元には複数のキスマークがついていた。

「え、何これ」
「ん?お前がつけたものじゃないか」
「……っ!」

昨夜の出来事が脳裏に浮かんで、名無しは両手で顔を覆った。
ターレスはクククと怪しい笑みを浮かべると、名無しの顔を隠している両手をどかす。

「激しすぎて忘れちまったんだな?」
「……隠して、お願いだから」
「何で?」
「何でじゃなーい!恥ずかしいからに決まってるでしょうが!」
「俺は別に恥ずかしくないぞ」
「頼むから隠してぇぇぇ……」




(一瞬ターレスが浮気したのかと思ったよ)
(くくっ、するわけないだろ。こんな可愛いお姫様が居るってのに)
(……バカ)

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