短編

□分かってくれる?
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季節は春。
桜の木々に囲まれながら過ごすのもやっぱりいいものだなと感じていた頃。

(この光景を独り占めできるなんて、今日は運がいいな)

名無しは自然と微笑んで、ひらりと舞い落ちた桜の花びらを手に取った。

「桜、ですか」
「!」

どこからか聞きなれた、低く落ち着いた声が聞こえてきた。
空を仰ぐとそこに居たのは、人間を嫌う妙な男性だった。

「本当、いつも突然現れるね、ブラックは」
「桜とはバラ科スモモ属サクラ亜属に分類される落葉広葉樹のことですね?」
「よく知ってるね」
「桜は私と同様美しいものですからね」
「……」

名無しにはどうもブラックの人物像が理解できない。
難しい言葉を流暢に喋り、時折自分の言動に酔いしれ、どこかナルシストじみている。

「桜は春に白色や淡紅色から濃紅色の花を咲かせ、
鑑賞用途としては他の植物に比べ、特別な地位にある……似ている……」
「……」

名無しは引いた目でブラックを見据える。

「桜も私と同様、存在の全てがただひたすらに孤高……」

ブラックは天を仰ぎ、両手を広げ、誇らしげな表情で笑っている。
いつものことなので名無しは弁当箱を取り出しながら言う。

「……あの」
「何か?」
「おなか減ったからお弁当食べてもいい?」
「貴方私の話を聞いていましたか?」
「半分だけ」
「フフ……貴方は本当に変わり者だ、ただの愚かな人間とは異なる」

正直こんな奇妙な人物と平気で会話を交わしているのは名無しだけである。
度胸があるというか、勇気があるというか……。
そんな彼だけ、人間を嫌うブラックに何故か気に入られたのである。

「……愚かな人間共にこの美しい光景は似合わない……絶望の世界だけが奴らにふさわしい……」
「人間誰でも愚かってわけじゃないよ」
「……何故そう考えるのですか?」
「今日もどこかで誰かが人のために頑張ってる。今日もどこかで尊い命が失われてる。
今日もどこかで誰かが人を助けてる。今日もどこかで新しい命が生まれてる。
皆、一生懸命生きてるんだ。勿論、皆誰しも、いい人ってわけじゃないけれど……」

ぶわり
桜が舞った。ブラックは珍しく驚きの様子を見せている。
しかしそんな彼の表情を名無しはまだ気づくことなく、見ていない。

「僕は、ブラックに、この世界で生きている人たちの事を理解して欲しいんだよ」

勘違いをしたまま終わらせないように。

「そりゃあブラックがそう簡単には人間の心の清さを理解してくれるとは思わないよ。
だっていっつも、愚かな人間共だの、人間を神が生み出したものの中で唯一の失敗だの言ってるもんね」

名無しは僅かに微笑んで、そこでようやくブラックの顔を見た。

「ね、そうでしょ、ブラック?」
「……フフフ、私のことをよく理解していらっしゃる。素晴らしい」
「僕がブラックに見せてあげるから。教えてあげるから。今、この世界で一生懸命に生きている素敵な人たちを」

ブラックの笑みが消えた。そしてふっと目を閉じる。
だがどこか、嬉しそうだ。

「やれるものなら、やってみなさい」
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