短編

□償い
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突然後ろから、何かで叩かれたことは覚えている。
だが、そのあとのことはどうしても思い出せない。そして気づけば自分は、拘束されていた。
拘束されていると分かったのは、腕や足を動かそうとしても全く動かず、じゃらじゃらと鎖の音が聞こえたからだ。
名無しの身には恐怖が襲い掛かってきている。
目をせわしなく動かし、何度も瞬きをする。そして突如ドアが開いた。
ギシ、ギシと床を踏む音とともに、直ぐ近くでスイッチを押す音が聞こえた。するとぱっと光が灯った。

「やっと目が覚めたんですね」

いつもどおり落ち着いた声だった。
自分が大好きな人の声なのに、今はその声が恐ろしく感じてしまう。
だって、彼が自分をこうさせたのだから。

「ご……悟飯君……?」

逆立った髪と鋭い目つきが一層名無しを怯えさせる。
彼はやがてにんまりと笑った。

「あれだけ他の男と話すなって言ったのに……」

名無しの目の前に立つと、名無しより背が高い彼は見下ろしながら言う。

「約束を守れない名無しさんにはお仕置きしなくちゃ……」
「ま、待って!」

思わず名無しは叫んでいた。
悟飯の眉が若干動いたのを彼は見た。

「お仕置きって……何をするの……?」
「ふふ。……どうされたいんですか?」
「えっ……」
「このまま殺されて、お人形にされたいのなら、じっとしててくださいよ」
「ご、悟飯君、僕が浮気したって思ってるの?」
「貴方が僕以外の男と話せばそれを浮気と見なすって言いませんでしたっけ?」
「ど、どうして……ただの、知り合いなのに……」
「ははっ。「ただの」?あれだけ親しそうだったのに?」
「え……?」
「あの人、貴方を好きだったんですよ?」

名無しは呆然とする。
ちょっと首をかしげてみせると、悟飯はポケットからナイフを取り出した。
それを見て名無しは目を見開く。
真っ赤に染まったそれが顔を青くする名無しを映す。

「まあ彼はもう……この世にはいませんけどね……」
「⁉」

この「赤」が今日自分と話していた知り合いの流した血だと分かると、頭の中が真っ白になった。
真っ白な布で血を拭くと口の端を上げて言う。

「僕が、殺しちゃったから」
「―――――――!!」

なんてことをするんだ、と叫ぼうとした。
けれどできなかった。
あまりにも恐怖におびえてしまってしゃべることができないのだ。

「これで分かったでしょう?同じようなことを繰り返せば、また僕が殺しちゃいますから」
「き、君は……」
「酷い奴だ、って?」
「っ……」
「まあこれだけのことじゃ、僕はまだ貴方を許しませんけど」
「じゃ、じゃあ……僕は……」
「どうやって罪を償うか、って、言いたいんですね?」
「……」

名無しはぼうっと彼を見据える。
もう、どうしようもない。彼に何を言っても無駄だ。
そんなことを考えているうちに、激痛を覚えた。

「貴方が二度とあんなことをしないようにするためにはこうするしかないですね」
「い、痛いっ……!」

左腕にナイフが深く突き刺さり、名無しは絶叫した。
血がぱっと噴き出し、ナイフを段々赤く染めていく。
乱暴に抜かれたナイフは血でべっとりと濡れていた。

「あ、っ痛い……痛いよ……」
「痛いでしょ?あはは!ぜーんぶ貴方のせいですよ、こんなことになったのは」
「ごめんなさい……ごめんなさい、ゆる、して……!」
「ちゃーんと許してあげますよ……でももう少し、貴方は苦しまなければならない……次は右腕かな?」
「!!」

名無しはその後、悟飯以外の男と話すことはなくなった。

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