短編2

□まっしろ
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とある冬の日。
名無しさんが死んで、葬式が行われた。
僕は彼が好きな花束を捧げた。




「あら、悟飯さん」

名無しさんのお母さんが僕に声をかけた。
彼女は目が腫れていて真っ黒な服に身を包んでいる。

「まだ帰ってなかったのね」
「すみません」
「いえ。いいのよ」

僕は名無しさんが好きだった。
どうしようもないぐらいに。
彼は事故にあった。
彼は車を運転していた。だけど後ろから酔っ払った人が運転していたトラックが突っ込んできて、衝突した。
しばらくの間、意識不明だったけれど、数時間後には、彼の命の灯は、消えてしまった。
僕は、彼が死んだことを、彼のお母さんから聞いて、急いで葬式場まで駆けつけた。
どうして、もっと早く、気づけなかったのだろう。どうしてもっと早く、来れなかったのだろう。

「あなたと名無しは、まだ付き合ったばかりなのにね」

棺を覗けば、どこか悲しそうな表情で、彼は眠っていた。
僕は永遠の眠りについた彼の、蒼白の表情を見て、何とも言えない気持ちになった。
何故か、ひんやりとした手で心臓をつかまれた気分だった。

「きっと眠ってしまう前に、
貴方と二度と話すことができなくなることを考えたから、こんなに悲しそうな表情をしているのね」

名無しさんのお母さんはまた涙を浮かべた。
僕は、ただ眉を下げることしかできなかった。

「あの……」
「なにかしら」
「お父さんは……いないのですか」
「……もう数年前に死んだのよ」
「………。そうですか」

がらんとした、こんな寂しい空気に包まれたこの空間は、とても寒かった。

「もう名無しとは会えなくなるわ」
「…………。はい」
「どうしてこんなにも早く死んでしまったのかしら」
「……」

彼女の泣いている姿を見るのはつらくてたまらない。
可哀想なのもある。だけど本当に見るのがつらいのは、彼女の表情が名無しさんと似ているからだ。
まるで名無しさんが泣いているかのようだったから。

「ごめんなさいね」
「いえ……いいんです」
「もう遅いわ。帰りなさい」
「はい」


名無しさんのお母さんの背中を見ると、ただでさえ身体が小さいのに、
今ではもっと小さく見えた。可哀想だ。彼女も、もう既に亡くなった、お父さんも、
そして、名無しさんも。

「ああ……」

外に出た。雪が降っていた。だけど、激しく降っているわけでもなく、
しんしんと音もなく降っていた。
髪に、ひらひらと雪が舞い降りてきた。
僕は何となく、空を見上げた。

「……冷たい」

そっとしゃがみこんで、白く染まった地面に手を置いて雪を握り締めた。
ひどく冷たく、しばらくしてから、ぱっと離すと手が赤く染まっていた。

「名無しさん」

『ごめんなさいね』

ふと彼のお母さんの言葉が浮かんだ。
また泣いてしまったことに対して謝っているのではない。
だけど……僕には、本当の意味が分からなかった。

「ごめん」

思い浮かぶ言葉が、それしかなかった。

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