短編2
□だいすき
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『そうか。悟飯君、っていうんだね』
幼い頃の記憶はあまりしっかりしていないけど、その中には忘れられない記憶が残っている。
『将来の夢とか、あるの?』
『えっと……学者、です』
それは、僕よりもずっと背が高く、いわゆるお兄さん的存在だった彼と過ごした日々の記憶。
『偉いね。頑張って、その夢を叶えないとね』
彼は優しそうな笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてきた。その感触が今でも忘れられない。
『可愛い息子さんだね。悟空、大切に育てるんだよ』
『おう』
『じゃあ、俺はそろそろ帰るよ』
僕はその時から、彼を好きだったのかもしれない。
彼が僕から離れようとしていた時、僕は自然と彼の腕を掴んでいた。
『あ、あの』
『?』
『あなたの、名前は……』
彼は振り向き、またいつものように微笑んでこたえた。
『名無し、だよ』
名無しさんはお父さんの知り合いで仲が良く、彼もまた、一人の戦士だった。
彼はお父さんの代わりに一緒に遊んでくれたり、修行の相手にもなってくれた。
昔サイヤ人が襲来した時も、彼は後から現れて、僕を助けてくれたり、一緒に戦ってくれた。
……でも、彼はその戦いで死んでしまった。だから、僕はナメック星に行った時、名無しさんを生き返らせなくちゃという思いでいっぱいだった。
気づけば僕は、名無しさんのことばかり考えていた。その時はまだ自分のことを異常だとは思っていなかった。
それから更に数年後。
僕は、名無しさんに恋をしていることに気がついた。
でも、名無しさんは僕よりずっと年上で、もう付き合ってるんじゃないかって不安になった。
だから聞いてみたんだ。
『名無しさん』
『ん?』
『その……付き合ってる人とか、居るんですか?』
『…………うん』
ショックだった。
もっと早く好きになって、告白すれば良かった。もう手遅れだったんだ。
『どうしたの、そんなこと聞いて』
『……すみません。気になって』
『いや、謝ることじゃないよ。悟飯君も、恋愛に興味を持つ年頃になったんだね』
『……』
『悟飯君、いい子だからすぐにいい女の子見つかるよ』
『……僕は……』
『ん?』
『……いえ。何でもありません』
名無しさんの好きな人。
それが誰だか気になって仕方なかった。
……だから僕は、名無しさんの後をつけることにした。
『名無し!』
『悟空、ごめん。遅くなって』
名無しさんはお父さんのもとに駆け寄ると申し訳なさそうに苦笑した。
僕はお父さんと名無しさんは昔から仲がいいからその時は特に何も感じなかった。
『全然待ってねえから、でえじょうぶだ』
『ありがとう。じゃ、行こう』
名無しさんはお父さんの手を握り、頬を赤く染めながら去っていった。
僕は衝撃を受けたとともに、体が震えだした。
……お父さんと付き合ってたんだ……。きっと僕が見ていないところでいつもこんなことをして……。
でも、僕が二人の間を邪魔して名無しさんを傷つけてしまったら、僕は名無しさんと二度と話せなくなる。
それが嫌で、怖くて僕はその時、諦めようと思った。
……名無しさんを悲しませるようなことは、絶対したくなかったから。
そして現在に至る。
僕は16歳になり、今はオレンジスターハイスクールに通っている。
……諦めようと思っていた癖に、やっぱり名無しさんが結局今も好きで仕方がなくて、諦めきれていなかった。
「兄ちゃん誕生日おめでとう!」
「……え?何だよ、いきなり」
「やだなあ、自分の誕生日が今日だってこと忘れちゃったの?」
……そうか、今日は僕の誕生日か。
そういえば、名無しさんはいつも僕の誕生日を祝ってくれるけど、……今回も祝ってくれるかな。
……お父さんが死んで、名無しさんは元気をなくしていて、僕はそんな名無しさんを何度も元気付けていたけど、
名無しさんは相変わらず落ち込んだままだった。……それだけお父さんを愛しているんだ。
……そう思うと、いつものように、切なくなった。
学校からの帰り道、僕は名無しさんに出会った。彼は誰かを待っているようで、僕と目が合うと手を振ってきた。
僕はゆっくりと、なにかを期待しながら彼に歩み寄る。
「悟飯君、久しぶりだね。……お誕生日、おめでとう」
「……ありがとうございます」
「これ、プレゼント。……受け取って」
「……はい」
渡された箱を受け取ったあと、僕は再び名無しさんの顔を見つめる。
彼はずっと俯いたままで時々ちらりと僕のほうを見てくる。
思わず手が伸びて、彼の腕を掴んでいた。
一気に我慢していた気持ちが溢れて口が自然と開いた。
「名無しさん」
「……?」
「……僕は、昔からずっと貴方が好きでした」
「……」
「……お父さんと付き合ってることを知っても、諦めきれなくて」
「……」
「……これだけは、やっぱり伝えておきたくて」
名無しさんは顔を上げて、ありがとう、と小声で言うと、昔何度も見せてくれた笑顔を浮かべた。
彼は僕の胸に手を当てると、また俯いてしまった。
「……すごく嬉しいよ。…………でも、ごめん。……俺には、悟空がいるんだ」
「……」
「……悟飯君」
「……はい」
「来年は、何が欲しい?」
「……」
貴方が欲しい。
そう言おうとしたけど、やめた。
僕の手は、名無しさんの腕から首筋へ向かっていく。
どうしても手に入れられないのなら、いっそ殺せばいい。これが僕の、本音なのかもしれない。
名無しさんは不思議そうに「悟飯君?」と首根っこを掴もうとしていた僕の手に触れた。
はっとして僕は慌てて手を引っ込めた。
「す、すみません」
「……どうしたの?」
「いえ。……ちょっと頭がぼうっとしてて」
「……そうか。……それなら、早く帰ったほうがいい。……気をつけて帰るんだよ」
「…………はい」
僕の中に隠れていた、本当の気持ちがようやく露になって出てきた。それはもう一人の僕の姿になって、僕に囁いてくる。
「殺せよ」
邪悪な笑みを浮かべながら、平然とそんなことを言ってきた。
僕はこれが本音なんだと知りながらも、その「僕」を睨み付けて溢れだす本音を抑えようとする。
「チャンスは今だけ。お父さんが居ない、今しかないんだよ。殺すのが嫌なら、
名無しさんを犯して、お父さんじゃなく、僕を選ぶように言えばいい」
「……やめろ」
「善人ぶるのもいい加減やめろよ。名無しさんに触れたくて話したくて犯したくて仕方がないんだろ?」
ああ。こんなにも、自分は狂っていたのか。
……そうだ。僕は……名無しさんに触れたい。額を、顔を、首を、腕を、手を、胸を、腹を、太股を、脚を、足の裏を……。
キスしたいし身体中を舐めたい。押し倒して犯したい。苦しめたい。首を絞めてみたい。
お父さんの目の前で犯してみたい。彼の口から自分は僕のものだ、と言わせたい。
……いっそ、殺してみたい。
「ほらな。やっぱりお前は最低だ」
そうだな。僕は最低な奴だよ。
でもね、こうなったのは、貴方のせいですよ、名無しさん。
僕は振り向き、名無しさんに後ろから近づいた。
「名無しさん」
彼は少し驚きながら振り向いた。
「なに、悟飯く……」
彼は何故か僕の顔を見て目を見開いた。
たぶん、僕の顔が狂っているように見えたのだろう。……もうそんなことどうだっていいけど。
「だいすきですよ」
もう我慢できないんです。
僕は腕を伸ばし、名無しさんの首根っこを掴んでいた。
「名無しさん、おはようございます。今日もいい天気ですね」
「今日は暑くなるみたいですよ。窓開けておきますね」
「……それじゃあ名無しさん、僕、学校行ってきますね。……んっ」
「大丈夫。すぐに帰ってきますから。……帰ったらまた、しましょうね?ふふふ」