短編2

□守るためには
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「あっはっはっは!汚ねー!」
「うっ……ううっ」

うつ伏せの名無しの背中を容赦なく踏んでくる男。
いわゆるいじめというもので、名無しはどうも彼から嫌われていた。

「もう二度と学校来んなよ、汚ねえんだからさ!」
「……っく……」

ここで頷くわけにも、許してくれとすがるわけにはいかない。
名無しはぐっと唇を噛み締め、男の気が済むまで我慢してやろうと眉をひそめた。

「ねえ、君」
「……あ?なんだよ」

ぐっと足に力が入り、名無しがうっと呻いて目を瞑った時だった。

「誰だよお前……こいつのダチか?」
「恋人だけど」
「ぷっ!こんなやつの恋人とか!終わってるじゃん」

名無しはゆっくりと目を開ける。
聞き慣れた声は、いつもよりも声が低くて、そして彼は冷めたような表情をしていた。

「ご……悟天……」
「……ねえ。……その汚い靴で名無し君を踏まないでよ」
「そう思うなら止めてみろよ。つーか恋人の癖に気づくの遅すぎじゃね?好きなやつがいじめられてるってのにさ!」
「いっ……!」

骨が砕けるかと思うくらいに踏みにじってきて、名無しは目を見開く。
視線を上へ向けると、名無しは更なる恐怖を感じた。

「うるさいんだよ」

びりっとした殺気すら感じられる空気になったかと思えば、悟天はその男の胸ぐらを掴み近くに投げ飛ばした。
倒された男が後頭部の痛みに苦しんでいる間に悟天が馬乗りになる。

「……ひっ」
「ご……悟天……!」
「名無し君……ごめんね。すぐに気づいてあげられなくて」

でももう大丈夫だよ、と優しい口調で話すと同時にいつもの明るい笑みが彼の顔に浮かび上がる。
だが、それは一瞬の出来事で、ふっと、その明るい笑みが消えた。

「許さないぞ……おまえ」

バキッ。
悟天が男の右頬を殴りつけると同時に骨の折れる音が聞こえた。
名無しははっとして痛む背中に苦しみながら何とか起き上がる。

「あ、あっ、い、た……」
「痛いんだろ。怖いんだろ。そうなんでしょ?……ねえ、何泣いてるの?訳分かんない」

左頬も殴りつけ、男は上手く喋れなくなり、ただひたすらに涙を流しながら痛む口を開こうとしている。

「悟天!だめだ、殺しちゃ……!」
「駄目だよ。名無し君を傷つけたんだ、殺さないわけにはいかない」
「でも……!」
「う、う……」
「何?何が言いたいの?
どうせ、ごめんなさいとか、もうしないから許してとか言いたいんでしょ?言っておくけど許さないから」
「や、やめて、悟天、君が人殺しなんかしちゃ駄目だよ……」

名無しは目からぽろぽろと涙を流し、必死に訴えたが、悟天はそれでもやめなかった。
骨の折れる音、何かが潰れたかのような音。それらが嫌でも耳に残る。
名無しは頭を抱えて、残虐な光景から逃れるようにして目を瞑った。







「名無し君。……名無し君」
「………………あ…………」

泣きつかれて気を失っていたのか、名無しが目を覚ますとそこは先程いた場所ではなく、病院だった。
名無しは背中に激しい痛みを覚え、起き上がるのを断念した。

「大丈夫?」
「…………なん、とか」
「よかった」
「…………ひとは?」
「え?」
「あの……人は?どうなったの……?」

悟天はまた起き上がろうとする名無しを寝かせるとふふふと笑った。

「あいつのことは、もう忘れなよ」
「…………悟天……殺したの……?」
「…………」
「……悟天?」
「……名無し君を守るためにはそれくらいしか方法がないんだよ」
「…………でも、いくらなんでも、殺すなんて……!」
「……そうでもしなきゃ、あいつはまた君のところへやってきて、あの汚い靴で君を踏んでくる」

ごめんね、と呟くと、悟天は名無しの肩を掴んだ。
名無しはぼうっとしながら悟天の顔を見る。
何だか彼も疲れているように見えた。

「君を守る方法、これくらいしか知らないんだ」
「……」
「……君は何も気にしなくていい。僕は君に近寄るやつらを片付けるだけだから……」

だから、大丈夫だよ。
ぎゅ、と抱き締められ、名無しは悟天の服を強く握った。どうしてこんなことになってしまったのだろう、と思いながら。

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