短編2

□記憶
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「現実を受け入れぬ人間よ……今ここで散れ!」
「名無しを返せええええっ!!」

雄叫びのように張り上げた声と同時に膝蹴りを食らったブラックは舌打ちをすると、
気を腕に纏い、刃の形にして斬りかかろうとする。
しかしそれは避けられ、服の一部が破れる程度のダメージしか与えられなかった。

(こいつ……怒りに身を任せて……)

感情に身を任せてここまで強くなれるとは、とブラックは興味深そうに笑みを浮かべた。
ブラックは悟空に背中を向ける形で隙が出来ていたが額に指を当てると悟空の後ろに回り込んだ。

「名無しが愛しいか、孫悟空」
「当たり前だ!!」

ふふ、と笑みをこぼすとそれが余計に悟空の怒りを誘ったのか、悟空はさらに表情を険しくした。

「そうか……残念だな」
「なにがだ!」
「諦めの悪い人間は、余計好ましくない」
「オラが諦める何てこと、するわけねえだろ!」
「ふふ……まあ、諦めていれば、所詮お前の名無しに対する愛はその程度だという話になるがな」
「名無しの名前を呼ぶな……!」

体が震える。
ブラックに似ているだけの男なのに、知らないはずの男なのに、何故か彼を見ると頭痛がする。
名無しの中に正体不明の何かが現れる。

「……あ、あ……ぐ……」

息が荒くなり、思わず胸のあたりをぎゅっと握った。
おかしい。あんな男は、知らない。
名前も、どんな性格なのかも、どんな表情をするのかも、知らない。
そのはずなのに、何故か自分自身が否定しているかのようだった。
自分は、あの男を知っている……?
ふとあの男を見ると、先程ブラックが取った構えとまったく同じ構えをとった。

「あ……」

思わず、声がこぼれた。

『おめぇは、ーーーが、ーーる』

突然、脳内で映像が流れ始める。
おかしい。あの男とは今日初めて会ったはずだ。
それなのに、なぜ、
なぜ、まるで自分はあの男をずっと前から知っていて、一緒に居るかのようになっている?
途切れ途切れで映像とともに声が再生される。
ブラックと似た声……でもブラックとはどこかが違う。そう、明るくて聞いていると安心するかのような声だった。
名無しはゆっくりと首を振った。
自分は、あの男を知っている。
そんなこと、信じたくもなかった。

『そうだ、おめぇ、ーーー、オラのーーー、技ーーー、真似ーーしてーーだったな!』


碎け散って消えてしまった何かが少しずつ集まっていき、パズルのピースのように段々とはまっていく。

『ありがとな、ーーー、オラをーーー、すきにーーーなって、ーーーて』

途切れ途切れの映像の中に映る男の姿が段々と明らかになっていく。

『名無し』

「あ…………!」

涙がこぼれていく。
分からない。どうしてこんなに悲しいのか。どうしてこんなに切ないのか。
罪悪感が溢れて、名無しはボロボロになりながらも戦う青髪のあの男へ手を伸ばす。

「ご……くう……」

失われたはずの記憶が蘇った。
自分はあの男とずっと一緒にいた。好きだった。
自分が好きなのは、ブラックではなく、悟空だった。




「ぐ、あがっ!」

斬撃が悟空に激しい痛みを与える。
ぱっと血が溢れ、胸から腹へと一直線に大きな斬撃の痕が残る。

「貴様に勝ち目はない。諦めろ、孫悟空」
「く……そっ」

負傷により動きが鈍くなった悟空に再びブラックの刃が襲いかかる。
悟空は目を瞑った。

バキン!

不審に思った悟空は目を開けた。
悟空は驚きで口をぽっかりと開ける。
名無しが目の前に立ち、ブラックの手刀を両手で受け止めている。

「名無し……!?」
「なにっ……!?」

ブラックは驚愕し、慌てて後方へ退いた。
名無しは荒い息をたてながら、ブラックにとって信じたくもない行動を取る。

「僕の記憶を……消したのは、おまえ、だな……?」
「まさか……記憶が蘇ったというのか!?」

名無しは悟空を庇うようにして両腕を広げている。
名無しは鋭い目付きでブラックを見据えている。
記憶が蘇る前まではどこかうっとりとしていたのに、今は全く正反対だった。

「僕は……お前のものになんか、ならない……!僕は、悟空と一緒に戦う……。お前は僕の敵だ!」
「名無し……」

悟空は安堵の表情を浮かべた。
今すぐにでも名無しを抱き締めたかった。
だが今は、名無しの身が危険だ。そんなことができる状況ではない。

「何故思い出した……名無し」
「……そんなの、分かるわけないだろ」
「……そうか。くく、ならば愛の力というやつにしておくか。なに、今更思い出したところで何になる。
今度はお前の愛人が死ぬ番だ。お前の目の前で殺してやる」
「そんなことは、させない!……僕が、僕が悟空を守るんだ!」
「名無し……」
「悟空……」

言いたいことは山ほどあったが、今はブラックを押さえなければならない。
名無しは悟空とともにブラックに立ち向かうのであった。
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