短編2

□ずっとだいすきだよ
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余命1ヶ月。
俺は毎日毎日苦しみながら、命がなくなる時を待っている。
今日も吐いてしまった。それも、昼食を食べていた時、突然。
折角用意してもらった昼食を、全部食べられなくて。悲しい。あと少しで、食べられなくなるのに。
そんな中、唯一嬉しい出来事といえば悟空が毎日お見舞いに来てくれることだった。
悟空がいると幸せな気分になれるんだ……。
でも、彼が居なくなってしまうと……また苦しくなる。
それでも、帰らないで、なんて言えない。



「……うっ」

だめだ。また、吐き気が出てきた……。
お医者さんが用意してくれたビニール袋に吐き出すと、しばらく乱れた息が続く。
そんな時、いきなり病室のドアが開いた。

「あ……悟空……」
「……名無し。どうしたんだ?また、吐いたんか?」
「……うん」
「……でえじょうぶか?」
「……なんとか」

病室に入ってきたナースさんが袋を回収しにやってきて、口を洗うため俺はトイレに連れていかれた。

しばらくして病室に戻ると、椅子に座っている悟空の寂しそうな背中が見えたので、
後ろから彼を抱き締めた。……ああ、大きな背中……。俺よりも、ずっとがっしりしてる。

「……名無し」
「ごめんね」
「……謝んなくていいさ」

またベッドまで戻ってくると、ゆっくりとベッドの上に倒れる。

「なあ……名無し」
「ん?」
「おめえを殺してえ」
「……え?」

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

「……おめえが病気で死ぬくらいなら、オラがこの手でおめえを殺したほうがいいって思ったんだ」

呆然とした。
悟空が殺したいなんて。そんなこと一生聞かないと思っていた。
俺はしばらく口を開けたまま彼を見つめていた。
悟空は俺に近づき、首あたりに触れる。やけにその手の感触がくすぐったかった。

「名無し……おめえはどう思う?」
「……ど、どう思う、って……」
「……オラだってホントはこんなことしたくねえ。でも、おめえが苦しんでる姿見てたら、もう……」
「……悟空……」

もし、悟空が俺みたいに重い病気にかかっていたら。もう、あと少しで死んでしまう状態だったら。
いつも苦しんでいて、突然吐いたりして、それでも無理して大丈夫だ、なんて言ったら。

(そんなの……見てられない……)

悟空は、俺のこんな姿を見て、もう見てられないと思ってくれているのだろうか。

「……悟空」

……もう限界だったのだろうか。
これ以上、苦しみたくなかった。そうだ、悟空が悲しむくらいなら。

「殺して」

自然に、その言葉が口からこぼれたのであった。
時間が止まったかのような感覚だった。

「名無し」

病気にかかってしまった俺が悪いけれど、俺の身体は、もう限界だと言っているのかもしれない。
本音を言えば、もう苦しみたくないし、病院の人達に迷惑なんて、かけたくない。
それに……こんなに吐いて、苦しんでの繰り返しをしている病人なんて、もう皆、見たくなんかないだろ。
何よりも……悟空が苦しいというのなら……。死んだほうが……彼も楽になるはず……。

「……いいんか?」
「……うん。悟空の言葉を聞いて、決意したんだ」
「……」
「あんまり深く……考えないで。考えるのは、俺を殺してからに、して」
「名無し……」
「躊躇わないで」

悟空は俺の上に馬乗りになった。
俺は彼の顔をこんなに近くで見られて嬉しかった。

「悟空。もっと……話したかったよ。触れたかったよ」
「じゃあ……死ぬ前に……おめえが満足するまで……」

悟空の太く大きな指が俺の指と絡まった。
あったかい。彼の身体が触れて、距離が縮まった。
俺は悟空と、最後のキスをした。

「悟空、ありがとう。これで満足しながら死ねるよ」
「……なあ名無し。すまねえ」
「どうして」
「……わかんねえ。おめえには、謝りてえ気分でいっぱいなんだ」
「……それなら、俺も一緒だよ。……ごめんね」
「おめえは、謝らなくて、いいんだ……」
「……悟空」
「……ああ」

俺はもう一度、殺して、と呟いた。
悟空の手は、俺の首へと移動する。ゆっくりと瞬きした。俺は愛する人の顔を見ながら死んでいくんだ。幸せだな。

「……名無し」
「……っ、あ……」

痛かった。でも、いつもよりは、ずっと苦しくなんてなかった。
段々彼の手の力は強まっていく。呻き声のようなものがこぼれると同時に意識が遠退いていく。

「……でえすき……だぞ」

俺も、だい、す……き。

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