短編2

□かこのはなし
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俺とブラックが出会った日のことは、よく覚えている。
今思えば、もしあの日ブラックと出会わなければ、俺は今日まで生きていなかったかもしれない。
それくらい、ブラックは俺のなかでとてつもなく大きな存在で、
……俺が唯一愛すことのできる人だ。




*

「名無し、俺たちって親友だよな!」

…………はあ?
何言ってるんだよ。俺はお前のこと一度も親友だなんて思ったことがない。
大体、今まで俺に何回も嘘ついてきた癖に、よくそんなことが言えるな。
その間抜けな態度が、腹立つんだよ。

「さあ、どうかな」

そっけなく返してやったのに、奴は変わらず平然として笑い始めた。
本当はこいつとは今すぐにでも絶交したいけど、
しつこいくらいくっついてくるから、残念ながら絶交するというのは無理な話だ。
……もし絶交することが出来るならボコボコにして散々罵ってから別れたい。



奴はとんでもない馬鹿だから、未だに俺が自分のことを好きだと思っているらしい。
そして、まだ親友だと思っているらしい。
本当に俺にとっては爆笑レベルの話だ。
早く気づけよ、とは勿論思ったが、
最近は俺から真実を明かしてやって、
相当のショックを受けさせてやるのも良いなとも思っている。

「……ひっ!な、何だ、あいつ!?」

何だ、いきなり。
奴が顔色を悪くしているのを見たあと、奴と同じ方向に体を向けた。

「!」

俺の目に飛び込んできたのは、
身体を血で染めた男性が、
逃げ回る人達を容赦なく次々と殺している恐ろしい光景だった。

「に、に、逃げなきゃ……俺達殺されちまうぞ!」

俺は別にいいよ。
……お前と一生一緒に過ごさなくちゃいけないんだったらな。
そんな本当の気持ちはそっと心の中にしまっておき、俺はまた素っ気なく返事をする。

「無理だよ。あんな足の速い人から逃げられると思ってるの?」
「お、お前、死にたいのかよ⁉今なら間に合う、逃げようぜ!」

…………だから、お前なんかと一緒に逃げる気なんてないから。いい加減にしろよ。

「…………!」

ほら、そんな無駄な話してるから逃げる暇なんてなくなっちゃったよ。

「愚かな人間どもめ」

男性の声は予想よりも低く、その声を聞くだけでぞっと身震いした。
どれだけの人を殺したんだと疑問に思っている間に、彼の腕は奴の首の方へと伸ばされ、
奴はそんなことにも気付かず震えているだけで、
あっという間にその男性に首根っこを掴まれた。

「…………っ、ああ、ぐ、が」

俺は呻き苦しむ奴を内心嘲笑いながら見つめていた。
今の俺には、わざとらしい大丈夫かという心配をする演技をする気はなかった。
だって、やっとこいつが死んでくれるんだから。
こんなに嬉しいことはない。せめて今くらいは罵りたい気分だな……。

「名無し…………たす、け…………」
「無理だよ」
「……!」

今にも泣きそうな顔で見据えてくる。
腹が立つ。お前みたいな奴助けると思ってるのか?
何で反省してないんだ。何で分かってないんだ。
最期まで、ひどいことをした事を自覚しなかった、こいつは。
奴から視線を外すと、男性と目があった。彼は若干不思議そうな表情でこちらを見ている。
俺は何となく笑ってみせた。

「………………」

息を引き取ったようで男性がぱっと首から手を離すと、どさりとその場に倒れた。

「何故助けなかった?」

男性はやはり不思議な様子で尋ねてきた。

「嫌いだったからです」
「……そうか」
「裏切られたし、嘘つかれたし、ひどい目にあいましたから。
ありがとうございます。やっとこいつから開放された……」
「……ほう、珍しいな。この私に怯えることなく、むしろ謝意を示すとは」
「はは。……あ、でも、俺も貴方に殺されるんですよね?
それなら安心してあの世に行けるな」

これでもう、苦しむことはない。
安堵した俺はこんな殺人鬼を前にしても平然としているようで、
それはそれで不気味だった。

「……殺してほしいのか?」
「え?……あ、いや……」
「もしそうではないのなら安心しろ。殺さないでおいてやる」
「…………え…………」

なんだそれ。
いや、嬉しくないことはないし、むしろ嬉しいのかもしれないけど……何か複雑な感情だ。


「お前は、私と同じニオイがする」
「……同じニオイ?」
「人間よ。お前の名を言え」
「……あ、名無しですけど……」
「そうか。名無し。良い名だな」
「……あ、ありがとうございます?」

何か、変な人だな。
人を殺している割には、やけに冷静だ。
でも、さっき彼が言った、同じニオイがする、っていうの、
ちょっと理解したかもしれない……。

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