短編2

□影
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「……さん。名無しさん」
「……………………う、ん…………」

うっすらと目を開ける。
こちらの顔を覗きこんでいる青年の姿がぼんやりと映っている。

「ああ、良かった。なかなか目を覚まさないからすごく心配したんですよ」
「…………君は…………」
「トランクスです。……お久し振りですね」
「……ああ…………久しぶり……だね」

ゆっくりと身体を起こすと突然激しい頭痛が襲ってきて、「うっ」と呻き声を漏らした。

「大丈夫ですか?」
「う、うん……。あの、助けてくれたんだよね?ありがとう……」
「いえいえ。……でも、何であんな危険な所に?」
「街の様子がおかしかったから、外に出てみたんだ。そしたら、街が燃えてて……それから……」
「それから?」

脳裏に浮かび上がる、黒に染まったあの男。
不気味な位、恋人にそっくりだったあの男。
思い出すだけで再び頭がずきずきと痛む。名無しは流れる汗を拭いゆっくりと口を開く。

「悟空に……そっくりな男に会ったんだ」
「……!」

トランクスはそれを聞いて驚きで目を見開く。
名無しは彼の反応を見て、「会ったことがあるの?」と自然と尋ねていた。
トランクスは目を逸らし、こくりと複雑な表情で頷いた。

「……ヤツのせいです」
「え?」
「あいつのせいで……この世界は……!」
「…………じゃあ、街が燃えていたのも、あいつのせいなの?」

トランクスは俯き、低い声で呟くように言う。

「そうです……皆、ヤツに殺されたんです……」
「…………」
「名無しさん、ヤツに何かされませんでしたか?」
「……何かされた、ってわけじゃないけど……」
「……それなら良かったです。……でも、一体何故殺されずに済んだのでしょうか。
俺の記憶では、ヤツは人間を全て排除するとか言っていた覚えがあるのですが……」
「…………なんで人間を嫌うの?」
「……ヤツは自身のことを、神と名乗っています。……ですが正体が何なのか、全く俺には分かりません」
「……そうなんだ」

トランクスは立ち上がり、近くにあった冷蔵庫を開けると、水の入ったペットボトルを名無しに手渡した。

「あ、ありがとう……。あの、トランクス君」
「はい」
「ブルマさんは、無事?」
「はい。何とか」
「……それなら良かった」

トランクスはもう一度椅子に座ると、申し訳なさそうな顔で名無しの肩に触れた。

「…………名無しさんは、悟空さんの恋人なんですよね」
「…………うん」
「なのに、俺達を襲ってきたのが、悟空さんにそっくりな男なんて……。辛い……ですよね」
「……うん……」

名無しは眉を下げるトランクスに、でも大丈夫だよ、と安心させるように言って、笑みを浮かべた。
だがそれも、他人からみれば無理をして笑っているようにしか見えなかった。

「確かに辛いけど……俺なら大丈夫だよ」
「……名無しさん」
「…………トランクス君も、これ飲んで。疲れてるでしょ?」
「……ありがとうございます」

ペットボトルをトランクスに手渡すと、彼はまた、申し訳なさそうに苦笑した。






「名無しさんは此処で休んでいてください」
「え……トランクス君は?」
「俺は一度、母さんのところへ戻ります。……すぐに戻ってきますから」
「……わかった」
「じゃあ、行ってきますね」
「うん。行ってらっしゃい」

バタンと玄関のドアが閉まると、急に名無しはさみしい気分になった。
ベッドから降りると、カーテンをそっと開けてみる。活気を取り戻していたはずの街も今では焼け跡だけが残っていた。
空も変わらず不穏な空気に包まれていて、暗い色のままだ。
しゃくりあげそうになり、目をごしごしと擦る。
そして落ちつこうとポケットの中からペンダントを取りだそうとするのだが……。

「……あれ?」

何故か入れていたはずのペンダントがないことに気がつき、
慌てて部屋の中を探し回ったが、どこにもないことに気がつき冷や汗を浮かべた。
どこかで落としてしまったようだ。名無しは玄関まで走ると靴を履いてドアを開けると同時に走り出した。

(ごめんね、トランクス君。見つけたら、すぐに戻るから……)

名無しは無我夢中でペンダントを探し始めた。彼を狙うあの男が近くに居ることも知らずに。






「……はあ……はあ……」

どれくらい時間が経っただろうか。
名無しは疲労により息を荒らしながら未だに見つからないペンダントを求めて歩き回っていた。

「……少し休もう……」

何処かゆっくり休めそうな場所はないか歩いていると、急に意識が朦朧としてきた。
休まずに探し続けていたせいだろうか。
痛む頭を押さえながら歩いていると、何かにぶつかったらしく目を擦りながら顔を上げる。

「……!」
「ごきげんよう。また会ったな……人間」
「な……なんで……お前が……」
「何故か、だと?私は大分前からお前の傍にいたぞ……」

驚きのあまり動けなくなり、そのせいでブラックが抱き締めてきても抵抗することが出来なかった。
背中をするりと撫でられ、寒気がして名無しは思わず目をつむった。

「まさかこんなに早く再会出来るとは思わなかったぞ」
「や、やめ……ろっ!」
「……また孫悟空のことを考えているのか?」

生温かく、ぬるぬるした何かが首に触れる。
それにより反応が鈍くなった名無しの顎をブラックは指で上へ持ち上げる。

「お……俺は……お前なんか……」
「……言ったはずだ。お前と孫悟空の中に生まれた下らない愛など、私が壊してやるとな……」

何か言おうと口を開く瞬間、突然柔らかいものが口に押し付けられた。
望んでもいなかったことが起きて名無しは呆然とした。

「……お前は私だけのものになるのだ」
「い……嫌だ……!」
「……くく、そう言っていても、お前の身体は私を求めているぞ」
「あ……あっ……」

感じやすい部位ばかりブラックの舌や手が触れて、名無しはブラックの服を握りしめる。
すぐ傍で妖しく笑うブラックの表情が見えて、恐怖で目を瞑った。

(悟空……ごめん……俺、こんなヤツに……)

「だあああーーーーっ!!」

その時、突然頭上から叫びが聞こえてきた。
剣が振り下ろされ、ブラックは危うくその斬撃を避ける。名無しはブラックから解放され、尻餅をついた。

「と……トランクス君!」
「名無しさん、どうして外に出たんです!」
「ご、ごめんなさい……その、ペンダントをなくしてしまったから、探してて……」
「……トランクスか……お前もこいつの知り合いか?」
「…………名無しさん、逃げてください。俺が何とか時間を稼ぎます」
「え……で、でも……」 
「早く!」
「…………わ、わかった……」

名無しはトランクスにごめん、と呟くと、走り出した。

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