短編

□頭を撫でる
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「ふ、ぐうう…っく…」

名無しは今、自分よりも何倍も大きな岩を持ち上げていた。
大粒の汗が流れ、一歩前に進んでみるが、足が思うように動かない。

「で、でも…ちょっとは、動けるから、大丈夫、かな…?」

だが、この岩をどうすればいいのだろう。
そのまま落としたりでもしたら自分は潰れてしまうだろう。
遠くに放り投げる?ただでさえ持ち上げるのにも相当の時間を費やしたというのにどうやって放り投げようか。

(も、もう手が持たない…!もう少し小さい岩だったらなんとかなるかもしれなかったのに…)

手が震え、痺れてきた。このままだと岩に潰されてしまう。

「も、もう駄目…」

ぐらり、と足が傾く。岩が、自分の
目の前に、現れた。
倒れる、そう思った時だった。

「はあっ!」

誰かが此方へ疾風のように走ってくると、
岩を吹っ飛ばした。拳ではない。脚だ。
岩は遠くまで飛んでいくと、地面に衝突し、粉々に砕け散った。
その瞬間、ズドン、という大きな揺れが発生した。
長いふわふわの髪に、頬と右目に傷跡、そしてオレンジ色の胴着を着た男性…

「大丈夫か?」

男性の口から出た声は、とても穏やかで、優しい声だった。
*
「ヤムチャさん…」

なんと言えばいいのか分からなくて、口に出したのは彼の名前。
名無しの声は消え入りそうな声だった。

彼の手は自分の方に向いている。

「立てるか?」
「あ…大丈夫、です」

そう言って立ち上がろうとしたが、
足ががくがくして言うことを聞かなかった。
そのまま立てずに尻餅をつく。

「ほら、掴まれ」
「は、はい…」

ぎゅう、と彼の大きな手を握り、立ち上がらせてもらった。
名無しは助けてくれたんだと分かるまで数秒掛かった。

「あ、あの、ありがとうございました!」
「いいよ別に。
…気の乱れを感じたから、もしかしたらと思って来たんだけど…」
「すみません。僕、ちょっと修行をしていて…」
「うん、名無しの足がぐらって傾いたから、急いで来たんだよ」
「ごめんなさい、迷惑かけちゃって」

ヤムチャは苦笑した。

「いいんだって。でも、あんまり無理するなよ。危ないからさ」
「はい…」

しゅんとする名無し。
そんな彼を見て、ヤムチャは自然に手を伸ばした。

「…でも、お前いつも頑張ってるよな。
俺…そういう所、好きだよ」
「えっ…?」

ヤムチャの手は、名無しの頭に触れた。
そして、小さな子供にするかのように、よしよし、と二回優しく撫でた。

「頑張ったな」
「えっ、あ…」
「わ、すごい汗…気づかなかった。ちょっと待て、タオル持ってるから拭くよ」

名無しは撫でられた部分をそっと触ってみる。
段々顔が熱くなっていくのがわかった。心臓も大きく飛び跳ねる。

(撫でられた…)

ドキドキと収まらない心臓の鼓動が、ヤムチャに聞こえそうで怖かった。
思わず目を瞑り、汗だくの服をぎゅう、と掴む。

「顔も赤いな…って、名無し?」
「あっ、は、はい!?」
「どうしたんだよ、心臓が痛いのか?」
「ち、ちがいます、これはその、ドキドキしてるんです!」

(って何言ってるんだ僕は…!)

あわわわ、と混乱する名無し。
呆気にとられたヤムチャは口をぽっかり開けている。が、しばらくして、くすりと笑った。

「な…何でしょう…?」
「いいや、何だか面白くって。名無し、お前って可愛いやつだな」
「か、かわいい!?」
「そう、かわいい」

ヤムチャは当然のように言った。
どこが可愛いんだと首を傾げる名無しに、また笑ってしまう。

「もう、ヤムチャさん!」
「ごめんごめん。…よし、と」

名無しの汗だくの顔や手をタオルで拭き取ると、満足そうに笑う。
そんな彼に、また名無しの胸はきゅんと締め付けられる。

「名無しは頑張り屋さんだな」
「そ、そんなことありませんよ」
「はは、否定するなって」

ヤムチャはそう言うと、そろそろ帰ると言った。
名無しは、もう一度お礼を言った。

「じゃあな!」
「あ、はい!」

手を振る名無し。
ヤムチャが去るのかと思ったら、もう一度名無しの頭をぽんぽんと撫でてきた。

「好きだよ」
「!?」
「ははは、可愛い!」
「〜〜〜〜!」

子供のように無邪気に笑うと、ふわりと飛んで去っていってしまった。









(頭、洗いたくないなあ…)

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