短編

□告白は突然に
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[ベジータ視点]

翌日。
こそこそと店の中に入ってくる名無し。
こいつはいつも来るのが早い。こいつの担当する時間はまだ1時間後だ…。
まあ、何故早く来るのか聞けば、必ず「手伝いたいから」と言う。

「店長、おっ、おはようございます」
「……よう」

えへへと無邪気な笑みを浮かべるヤツの顔を見る。
…こいつは鈍感でおっちょこちょいで、いつもミスしてばかり…でも、どこか憎めない。
そんなヤツに腹が立つ。憎めないから、不思議とあまり叱れなくて……胸が高鳴って。こんなやつに出会った俺は…不幸だな。

「あっ、エプロン忘れてきた…」
「チッ、俺のを貸してやるから担当の時間が来たら着替えろよ」
「は、はい、ありがとうございます」

嬉しそうに笑う名無し…。
チッ、クソ…怒りが、自然と消えていく…叱りたいのに、こいつの笑顔を見るとふっとどこか心が落ち着いてしまう。

「…」

そう思うと、自分に腹が立ち名無しから目を逸らした。


[名無し視点]


「オッス!名無し、おめぇ来るの早えんだな」
「あ、えと、そ、孫さん、おはようございます!」

待機室で待っていると、孫さんがやってきて、声を掛けてきた。
エプロンを身に着けて明るい笑みを浮かべる孫さん。
この人の笑顔を見ると、元気になれる。だから僕は、そんな彼を尊敬している。

「なあ名無し、何でオラのこと苗字で呼ぶんだ?」
「えっ?」

もしかして、不満なのかな。

「す、すみません…そ、その、孫さんは僕の先輩だし、そんな馴れ馴れしく名前で呼ぶわけには…」
「いいんだよそんなことー!悟空、でいいさ」
「あ、え、ええと…まだ慣れないかもしれませんが…。悟空さん…」
「おう、それでいい」

にかっと満足そうに笑ったので、ほっと一安心。
でも、やっぱり名前で呼ぶのは難しいなあ…。
と、そんなことを考えていると、ベジータ店長の声が聞こえてきた。

「カカロット!もうすぐ交代だからな!」
「おー、わかったー」

そういえば、悟空さんはいつもベジータ店長に怒られてばかりだけど…
全然気にしてないみたい。前向きな性格だからかな?やっぱりすごいな、悟空さんって…。

「名無し」
「あ、はい…って、わっ」

突然壁に押し付けられて、驚きのあまり一瞬頭が真っ白になった。
いや、驚いたのはそれだけではなくて、悟空さんは何故か顔を近づけて、甘い声で話しかけてきた。

「オラ、おめぇのこと好きだ」
「!?」

な、なな。何言ってるんだ、悟空さんは。
だって、まだ1ヶ月しか経ってないのに、そんな、いきなり告白だなんて。
僕はただ、あわてふためくだけであった。

「いや、いきなりこんなこと言われても…どう返事すればいいかわかんねえよな。
おめぇもまだ、オラのこと、よくわかんねえだろうし…」
「ご、悟空さん…」
「返事はまだ、しなくていいから…決心がついたら、オラに言ってくれ」
「あ…あ、は、は…はい…」

どうしよう。頷いてしまった。
僕、どうすればいいんだろう。悟空さんを見続ければいいのかな。そして、恋をすればいいのかな。
彼の魅力はもう見つけてる。けれど、今の僕は、「憧れ」を抱いてるだけなんだ。

「名無し…」

彼の吐息が、僕の心をくすぐる。
そ、それ以上、顔を近づけたら…!

「もう、我慢できねえ」
「悟、悟空さん!待って…!」

と、その時…

「カカロット!!早くしやがれ!」

ドアの向こう側からベジータ店長の怒りの叫びが聞こえてきた。
僕達は思わずびくっと身体を震わせた後、しいんとした待機室の中でしばらく黙っていた。

「わりぃ、そろそろ行かねえと…あいつにぶん殴られちまう」
「は、はい、お仕事がんばってくださいね」
「おう!」

少し顔を赤くして、悟空さんはエプロンの紐をきつく結びなおすと手を振って、
ドアを開けて待機室から出て行った。それを見送った後…。

「うううう…」

僕は待機室の真ん中に置いてあるテーブルに突っ伏してしまった。
今の僕はきっとトマトみたいに顔が赤いだろう。まさか、悟空さんから告白されるだなんて…。

「ど、どうしよう。これじゃ集中できなくて、仕事できないよ」

誰も聞いていないことは知っているけど、ついつい声に出して喋ってしまう。
どうしよう…ベジータ店長に相談しようかな? でも、そしたら悟空さん…怒るかな…。

「はあ…」

「いらっしゃいませー」と、悟空さんの明るい声が聞こえてきたのは、僕がため息をついたすぐ後のことだった…。

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