短編

□ブラックと僕の日常@
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「銭湯でも行くかな〜」

ぽつりと呟き、だるそうに家を出た名無しはバスタオルと着替えが入ったバケツを持って、
家のすぐ近くにある建物の中に入った。

「お祖母ちゃーん、いますかー」
「はいはい、おや、名無し君、今日はずいぶんと早いんだねえ」

腕時計をちらりと見ると、まだ夕方の5時であった。

「早風呂もいいもんですよ〜お祖母ちゃん」
「そうねえ。それにしても、あんた毎日来てくれるけど、気を使わなくてもいいのよぉ」
「いやぁ、ウチの風呂よりも此処の銭湯のほうが好きなんです。はい、400円」
「まぁ、どうもありがとうねぇ」

代金を支払うと、服を脱ぎ捨て籠に入れると引き戸を開けた。
湯煙が視界を覆い、落ち着いた雰囲気が名無しを安心させる。

(誰もいないな……まあ5時だもんな、流石にまだ誰も来ないか)

そう思いながら桶と椅子を手に取ると移動を始める……のだが。

「ごきげんよう」
「へっ?」

聞きなれた声が聞こえたような気がして、名無しはあたりを見回す。
だが声の主が見当たらないので、やはり気のせいかと思ったが、

「此処です。ここ」

振り向くと、そこには湯煙に紛れてブラックが風呂に浸かっていた。
名無しは「うげぇ……」と小声で呟き、明らかに嫌そうな顔を浮かべた。

「………何でこんなとこにいるのさ……」
「ザマスが「近くに銭湯があるらしいから調べてこい」と、私に言ったものですから」
「パシリかよ!自分で行けばいいじゃん」
「そういうあなたも、何故このような休息の間にいるのです?」
「僕はここの銭湯が好きなんだ」
「ほう」

ゆったりとくつろぐブラックに何故か苛立ちを覚えた名無しはそれ以上は何も言わなくなり、
頭や体を洗い始めた。しばらく沈黙が続くが、退屈なのかブラックが沈黙を破る。

「明日の午後、空けておいてください」
「は?」

自分でも驚くくらい低い声を出してしまって、名無しは思わず口を押えた。
何故こんなにイライラしているのだろう。

「明日の午後空けておいてください、と言ったのです」
「なんで?」
「貴方に見せたいものがあるのです」
「見せたいもの……?」
「ええ」
「……わかったよ」

(……あれ、なんで僕、こんなにいらいらしてるんだろう?)

別にブラックのことが嫌いなわけではないが、なぜか彼の顔を見るとイラっとしてしまう。
身体を洗い流しながら、理由を探り始めた。

(……あ)

突然ぴんと浮かんだ答え。
そうだ、ブラックが最近、全く自分に会いに来なくなっていたからだ。
よくよく考えてみれば、かれこれ1か月くらい会っていなかった気がする。
最後にあったのは、春のとある日、桜を眺めていた頃だったか………。
さらにさらに、自分はブラックが会いに来ないことに不満を持ち、何故会いに来ないのか一人でイライラしていたこともあった。

(…………何だよこれ!これじゃあまるで僕が、ブラックを好きみたいじゃないか!)

顔が火照っていくことに気づくと、心の中で悲鳴を上げながら頭をぶんぶん振った。
早く風呂に入ってさっさとここを出てしまおうと、恥ずかしくなった名無しはすぐにそう思うのであった。






風呂から上がると急いで着替えておばあちゃんに別れを告げた。
家へ戻ろうとしたとき、

「そうだ、貴方に言いたいことがあるのです」

頭上から聞こえてきた声にまた顔を赤くした。
電柱の上に立ちながら自分に話しかけてきたのは、名無しが恋をしているかもしれない相手、ブラックだった。

「なんだよっ!」
「1か月お会いできなかったのは、別宇宙に出かけていたからなのです、貴方にはご心配をおかけしました」

名無しはそれを聞いて、なんとなく安心したような、何となく……いや、更にイラっとしたような気分になった。

「うるさいっ!それなら早く言え、馬鹿!」
「……?なぜそんなに怒りを露わにしているのですか?」
「うるさーいっ!」

名無しは何故か自分でもわからないけれど冷たい態度を取ってしまい、
耳の付け根まで真っ赤にし、ブラックを無視してそのまま立ち去ってしまった。
それでも彼は、ひそかに明日を楽しみにしていた。

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