進化論はお嫌いで1

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江戸はかぶき町。野蛮な輩や訳ありな奴らの集まるその町には『万事屋銀ちゃん』というなんとも胡散臭い名前の店がある。万の事と言うだけあって、頼めばなんでもやってくれる便利屋なのだが、そこは酸いも甘いもしゃぶり尽くしたかぶき町。普通の依頼が舞い込んでくるなんて事は殆んどないのが現実だった。


「はァ? 一目惚れ?」
「はい」


その日舞い込んできた依頼を銀時は怪訝そうに眉を寄せながら鸚鵡返しした。依頼人は爽やかな笑顔のバンダナが特徴的な好青年。かぶき町ではあまり見ないその雰囲気は、とてもじゃないが色恋を相談しに来るタイプには見えなかったのだ。それは隣にいた新八や神楽も同意見だったらしく、人妻がどうたらと泥沼まっしぐらの昼ドラみたいなのかと聞く神楽を新八がツッコんで黙らし、青年に説明を諭した。


「あの、つまり恋愛相談ってことですか?」
「はい。今でも鮮明に思い出せます。あの艶やかな美しい髪、桜色のふっくらとした唇、そして慈愛に満ちたあの目。どれもこれもが俺の心を矢のごとくグサグサと貫いていきました。ですが、俺はこのように奥手でして。来る日も来る日も彼女を陰ながら眺めることしか出来ませんでした。文字通り彼女の家の物陰に隠れて」
「それただのストーカーだろ。なんだよふざけんなよ、こないだのゴリラといいこの坊っちゃんといい最近こんな依頼ばっかじゃねーか」
「今回はしてる方ですけどね」
「なおさら気持ち悪いネ。女の敵ヨ」


銀時達は一度確認するように目を合わせそれから其々めんどくさそうな、はたまた呆れたような、そんな態度を露にした。 嬉々として語る青年は一見 健全な青春を送っているようにも見えるがそれは一種の幻だったのだ。色恋なんてとんでもない。彼の話しは犯罪者の一歩手前、むしろ犯罪者だと言われても過言ではないものだった。


「それでですね」
「おい、まだ続くのこの話。いいがげんにしろよ。もう聞きたくねーよ」
「その彼女、ああ、楠本先生っていうんですけどね」
「……楠本?」


青年から出た名前に銀時の目が微かに開く。それは本当に些細な変化だったらしく青年は気づかずにそのまま話を続けた。






* * * * *



「この辺りですね」

青年から渡された手書きの地図を見ながら新八が辺りをキョロキョロと見渡す。それを見た銀時がはぁと深いため息をつくので、新八はそれに困ったように笑うしかなかった。

結局あの後青年は依頼の内容を全て話し、こちらの承諾も聞かずにお金だけ置いて帰ってしまったのだ。いくら乗り気になれない依頼だとしてもお金を貰ってしまった以上断ることなんて事はできない。新八がちょっと現金な話だなと苦笑いをもらすと神楽が「あれじゃないアルか?」と真っ直ぐとある場所を指差した。

平屋の一軒家。達筆で書かれた『医篤』の文字が特徴的なその診療所は正しく彼らが探していた家だった。早速行こうと足を一歩踏み出した、そのとき、


──ガッシャァァン!

けたたましい音と共に男が診療所から飛び出してきた。それに新八達の足がピタッと制止する。一体目の前で何が起こっているのやら。そんな疑問に答えるように男の体によって粉々になったガラス張りの戸から今度は女が姿を現した。白衣を着たその女はどうやらここの医師、つまり依頼人の恋した相手らしい。


「き、貴様ァァ! 武士を愚弄するか!!」
「愚弄だって? 笑わせんじゃないよ。ここは神聖なる医術の腕を売るところ、あんたらみたいな奴が油を売るような場所じゃないんだよ」
「…っ!」
「次、あたしの商売の邪魔してみな。あんたの空っぽのその頭こいつでぶち抜いてやる。まァ少しは風通しが善くなるだろうよ」
「うぐっ……」


女は懐から出した銃を男の額にかざした。遠目からでもわかるその表情と声は迫力満点で新八は思わず生唾を呑み込んだ。


「なんだか、凄い人ですね」
「…あー」
「銀ちゃん? どうかしたアルか? 」
「いや、楠本って聞いてもしかしてとは思ったんだけどよォ」
「? 銀さんの知り合い……!」


新八の銀時に対する質問は全てを言い終わる前にその場に感じた違和によって消えてしまった。目の前では、ちょうど女が尻餅をつくその男にもう用はないとばかりに背を向けて診療所の中に戻っていくところで。だが、男のようすはどう見てもおかしい。体を震わせ顔を真っ赤に染める。次に男がとる行動は火を視るよりも明らかっだった。


「くっ、くそォォ!!」
「危ない!」
「──!」


女の態度に憤慨した男が刀を抜き斬りかかる。新八の声も空しく、突然の事で反応が出来なかった女は振り向いたまま身を固くした。辺り一面には真っ赤な血飛沫が飛び散る

── ガッ!


「なっ!?」

はずだった。


「オイオイ、こんなところでプラプラ刃物なんて振り回してんじゃねーよ」

女の前に出た銀時の木刀に飛ばされた刀が弧を描いて向かい側の衝立に突き刺さり、間髪入れずに男も同じく刀の横に突き刺ささった。

「どうもー、万事屋銀ちゃんです」




こうして物語は始まった

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