番外編

□ユア モンスター
1ページ/1ページ



宇宙と言うものは不思議なものだ。天気がコロコロと変わる惑星の中とは違い、宇宙の景色は常に一定。黒で埋められた空間に何億万、何兆万もの星が瞬き、何処までも続いてる。現代の学者でも正確にその限界を把握しきれないのだから、もしかしたら宇宙と言うものに終わりは無いのかもしれない。

それを不明瞭と捉えるか神秘的と捉えるかそれは人それぞれだと思うけれど、少なくとも私は嫌いじゃない。むしろそれが心地よく、好きと言っても過言ではなかった。


「いや、それ答えになってなくね?」
「そうですか? 」


どこか呆れを含んだ声に始末書から目を離し、正面に座っている阿伏兎をチラッと目だけで見上げた。ここ最近、ピークなんじゃないかと思うほど膨大に課せられた始末書や報告書その他重要書類の数々。そのせいか いつもの倍は老け込んでいる彼に疑問の意味で首をかしげる。


「つーか俺、なんか雑談しろって言ったんだけど? なんでそのチョイス? 」
「だったら私にふってこないで下さい。パワハラで訴えますよ」
「パワハラってオマエ、どっちかっつーと俺より団長のほうがそうだろ」
「……変なこと言わないで下さい。セクハラで訴えますよ」
「今のどこがセクハラ?」


処理し終わった書類をトントン(量的にそんな可愛らしい音じゃないけど)と整え、阿伏兎の分と揃えて隣のデスクに積み上げる。積み上げられた一種のタワーのようなそれに時間の経過ぐわいを感じ、すっかり凝り固まった肩を何度か揉み解した。それと同時に阿伏兎が伸びをし、途端に室内の空気がダルんと緩む。

その空気に便乗し休憩をとろうと、まだ新品のコーヒーメーカー(カプセルタイプ)で自分用のカップにドリップを淹れる。阿伏兎用のカップには……エスプレッソでいいか。

機械にセットし数秒まてば、プシューと音がなりコーヒーが出来上がった。実に簡単。本来の味が出ないのは少し残念だけれど、何時でも気軽に飲めるコーヒーメーカーは執務の間にもってこいの商品だ。


「おお、良い匂いだな」


出来上がったカップの中からは白い湯気が立ち上がり、香ばしい香りが部屋いっぱいに広がった。その匂いにつられたのか、鼻をひくつかせる阿伏兎に「貴方の分もありますよ」と彼のカップを見せ、自分用のカップに暖かいミルクをプラスしカフェオレを作くる。(長時間なにも入れてない胃の中にいきなり珈琲のような刺激物はキツイだろうし)それら2つとガムシロップを1つ黒色の木製トレイに乗せ1つを阿伏兎のデスクに、残りのカップとガムシロップはトレイごと自分のデスクに置いた。


「それで、パワハラについてですが」
「なんだ…その話題まだ続けんのかよ」
「さすがに私だって無言の休憩は息が詰まりますから」
「だからって何でそのチョイス?」
「他に話題が思い付かないので」
「……まァ、いいけどよ」


ズルズルと下品な音をたてながらコーヒーを飲む阿伏兎に習い私も一口。気の抜けたそれはどこが味気なかったけれど、不味いわけではない。所謂“ベストではないがベターの”と言うやつだろうか。


「そもそもパワハラとは“職場の権力を利用したイヤがらせ”を意味するんです。一番イメージが湧きやすいのは上司による部下への過酷な労働の強要、とかでしょうか。……これって、今まさに私が貴方にされていることですよね」
「オマエは団長の部下だろ、参謀役。しかもこれ本来なら全部団長がやるべきものだから、俺ァぜんぜん関係ねェーから」
「……阿伏兎、貴方バカなんですか? ……ハァ、残念です」
「おー奇遇だなァ、俺も残念だ。上も同僚もハタ迷惑なすっとこどっこいばっかでな」


いつも通りハキのない表情を浮かべる阿伏兎に向かって、ため息を1つ。確かに彼が言っていることに間違いはない。だが、それとこれとは話が別。団長にそんな常識は通じない。


「あの人の行いがパワハラだとして、それを本人に訴えたとします。たぶん彼のことです、話は聞いてくれるでしょう。聞くだけならバカでもできますから。ですが、それで何が変わりますか?」
「……なんも変わんねェーだろうな」
「そうです。なにも変わらないんです。むしろそれぐらいで改めてくれるような人なら、私の作戦も聞いてくれる筈ですから」
「そりゃそーだ」


私の説明に納得したのか、やれやれと頭を掻く阿伏兎に「そういう事ですよ」と、一言付けたす。作戦がほとんど成功しないから団長にはよく『自称参謀』なんて言われているけれど、それは彼が私の作戦を実行してくれないことがだいたいの原因なのだ。いや、むしろ今までの失敗は全て団長が私の作戦通りに動いてくれなかったから。私のほうが年上なのに。まったく、あの人は年功序列と言うことばを知らないのだろうか。


「まあ、なんだ、あんま深く考えんなよ。妥協すんのも1つの手だぜ」
「さすがですね阿伏兎。尻拭いに慣れてます」
「それ誉めてんの? ……まあ、いいや。ん、ごちそーさん」
「お粗末様です」


差し出されたカップを受けとり、すっかり生ぬるくなってしまった自分のコーヒーを一気に飲みほした。よくかき混ぜなかったからか、底に溜まったガムシロップとミルクがべったりと甘ったるく舌に絡み付く。その感覚がやるせなさを煽り、さっさと仕事を終えてしまおうとガムシロップのゴミとカップをトレイに乱雑に置きそのまま元の場所に返した。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ