番外編

□召し使いは時給制
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「やぁ、暇潰しに来たヨ」

それはそんな団長様の一言から始まった。

終業時刻もとっくに過ぎて、それぞれが自由に好き勝手過ごすそんな時間。ストレス社会で働く社会人に必要不可欠なそれはやはりある意味ブラック企業と呼ばれるここにもあったりするのだ。それもある程度のポジョンにつくことが出来ればひとり部屋なんてものも与えられるようになるもので、それはそれは心安らぐものとなる。まあ、ポジョンが上がれば上がるほど心労も増えるような気もするが、悲しくなるので取り合えず考えないようにする。

前置きが長くなったが、どうやら今日はそれがなくなってしまったらしい。その原因となる人物、もといい団長は部屋に備え付けてある冷蔵庫をゴソゴソと漁り、私が自分のご褒美にと買ってきたお高いデザートを見事に探し当てた。それから、それをもって私の真ん前に腰を下ろす。


「……団長、ここ私の部屋なんですけど。それ私のプリンなんですけど」
「細かいこと気にするなよ。ほら、よく言うだろ? お前のものは俺のもの、俺のものは俺のものって」
「どこのジャイアニズムですか。というかあれは元々感動的な話なんですからね。アナタのはただの横暴です」


とろけるような滑らかさをもつと宣伝文句を謳われていたプリンを次々に口に運ぶ目の前の男にピクッと微かに動いた米神には見て見ぬふり。ここでなにかアクションを起こせば面倒なことになるのは分かりきっているのだ。大人になれ、有珠。そんなことを頭のなかで唱えて再び目の前の雑誌に目線を落とすと団長が不思議そうに覗きこんできた。


「お前、なにみてるの?」
「ゼ◯シィです。いわゆる結婚雑誌ですね。よくテレビのCMでやってるでしょう『プロポーズするならゼ◯シィ』って」
「結婚雑誌……有珠、お前結婚するの?」
「しませんよ。ただ、これは参考に見ていただけです」
「参考?」
「ええ、今度 私の友達が結婚するそうで、ウェディングドレスを一緒に選んでくれって頼まれたんです」
「へー、それは驚いたな。お前、友達いたんだ」
「怒りますよ団長」


目を丸くしてさも驚いたというような表情をつくる団長を一瞥して、ページをペラッと捲る。雑誌に写る黒髪の可愛らしいその女性は、肩だしの白いドレスを身に纏い幸せそうに微笑んでいた。


「寿退社だそうですよ。まさかここにそんな制度があったなんて初知りでしたが、こんなブラック企業でもあるものなんですね」
「なに? お前も退社したいワケ? だったら言いなよ。何時でも俺がさせてあげるから」
「イヤですよ。どうせ物理的な退社でしょう。そんな血みどろのランデブーごめんです。なにより私、平和主義なんで」
「はははっ。こんなとこにいる時点でそんなもの矛盾するだけダロ?」


ペロリとプリンをたいらげた団長はごみ箱に容器を投げ捨てると、私と同じく雑誌に目をおとした。視界の隅でサーモンピンクのアホ毛がゆらゆら揺れる。


「まぁ、安心しなよ。もし有珠がいき遅れたしりたら、俺がもらってやるからさ。お前も一応は夜兎なワケだし、きっと強い子が産まれてくるだろ?」
「そうですね。私の頭と団長の力、両方を持つ夜兎なんて最強、むしろチートですね。逆だったら最悪ですけど」


私の視線を弄ぶように揺れるあほ毛をほんの一瞬だけチラッと見上げる。


「いつかしたいものですね、寿退社」

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