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どうにか憂鬱になりそうなバスタイムを終えて、鍋の中身の仕上げにかかる。鳥のササミは部位にしては柔らかく煮えた。野菜の甘みをそのままに、美味しそうにスープができたと思う。
今夜は具だくさんのポトフにした。豪勢なのは中身であって、量的にはそこまで多くない。
なんだか食欲もあまりない。
さあ、気を取り直して食事にしよう。しっかりしなきゃ。この家には私一人しかいないんだから、私が私のことをしないといけないんだから。
スープ皿にポトフをよそう。美味しそうな香りが部屋いっぱいに広がって、私に少しの幸福感を与える。
スープ皿はウサギのキャラがプリントされているもので、小さい頃から変わらず使い続けている。父と母が選んでくれたものだ。
スプーンとフォークはさすがに小さい頃から使い続けるわけにもいかず、持ち手の長い、大人用のものを使っている。
食べよう。早く食べて宿題を済ませて、友達からのメールを返してドラマを見よう。洗濯もしなきゃ。
…でも今日は、やる気が起きない。
「いただきま…」
…ピーンポーン…
無防備にベルが鳴る。
挨拶に相手が必要だから、誰かが「召し上がれ」と言いに来たのか。だったら毎日言いに来てくれてもいいのに。
違う、そうじゃない。早く出なきゃ。急ぎの客人かもしれない。
なんだか今日は、私の思考は止まったままのようだ。
インターフォンの受話器を取る。
「…どちらさまですか」
『あぁ、食事中にすまない。柳だ。』
「…!れんちゃん…寒いし上がって」
『失礼する』
パタパタと玄関に向かって行って鍵を開ける。部活終わりの少年が、青春の香りを連れてやってきた。少年と言っても彼はだいぶ大人びているけれど。
「部活お疲れ様。どうしたの?珍しいね。れんちゃんのママいないの?てかよくご飯時なのわかったね」
『いや、母はいる。それと、伊達にいとこをやってないからな。お前のことはよくわかるぞ。』
「そーだね、あはは!ご飯、食べてく?」
『お言葉に甘えよう』
手を洗ってくる、と言ってれんちゃんは行ってしまった。私は新しい皿を出して、ポトフをよそう。部活少年には、物足りないかもしれない。
柳蓮二、立海大附属高校2年。テニス部。参謀。隣の家に住む同学年でいとこ。
立海中テニス部三強は、高校の今でも三強のままのようである。
彼はなんだって知っていて、それをデータとして集めているらしい。彼は私のことも知っている。私の周りのことも。
私も彼のことは人よりは知っているつもりだ。
例えば、彼は薄味が好きだ、とか。
『今日も美味そうだな。なつめの料理はどれも達人級だ。』
「達人級って…言い過ぎだよ。達人はれんちゃんでしょ。ほら、食べて!私も食べるところだったから。」
『そうか…それは申し訳なかったな。では、いただくとしよう。』
『「いただきます」』
私たちはポトフを食べる。来客に心の内を気づかれないように。できるだけ何もなかったかのように、食事を楽しむ。
でもきっと、勘の鋭いいとこは気づいてしまう。
(『お前のことはよくわかる』)
(どうして来たの、れんちゃん)