SHORT

□神様とさよならした日
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小さい頃は、神様がいたの。



なつめはフライパンを返しながら言った。晴れた日の昼下がり。
いたって真面目な顔をして、時々味見をしては『うーん』なんて言いながら。

今日は家族は俺だけを残して朝早くから出かけてしまったから、昼前からなつめを家に呼んで、久しぶりの休日を和やかに楽しんでいた。

彼女とはかれこれ中学生からの付き合いだ。彼女の温かい優しさと、憂いを帯びた瞳。それでいて天真爛漫で突拍子のないことを言う笑顔。全てが好きだ。

そして今、突拍子のないことを言うと、彼女は『できた!』と皿に料理を盛り付けていく。
彼女が今何を考えているかなんて、わからない。



「今日のご飯も美味しそうだね」
『でしょ!オムライス。うまく卵がトロトロになったの。食べて!』
「ほんとだ。お店出せるよ、なつめ。」
『やだぁ、そんなんじゃないって。さ、食べよ食べよ!』



いただきます。

パチンと手を合わせて食事は始まる。
彼女は時々俺にお弁当を作ってきてくれる。その度に一緒に食べる仁王やブン太にはからかわれる。もう慣れたけどね。さすがに3年目だ。あいつらも懲りないなぁ。

そういえばさ、と話を振る。



『なぁに?』
「さっき言ったでしょ、"小さい頃は、神様がいたの"って。あれなに」
『あぁ、あれか。なんかね、オムライス作ってたら昔のこと、思い出しちゃった。』



彼女はさも整然と言葉を並べる。やっぱり俺には、彼女の思考に追いつけない。

で?と次の言葉を促す。なつめは美味しそうにチキンライスを頬張る。つられて俺もスプーンを口に運ぶ。



『今でこそたくさんの愛に包まれているけど、昔はそんなこと、考えたこともなかったの。歌詞であるでしょ、"小さい頃は神様がいて、毎日愛を届けてくれた"って。』
「あったっけ。 ふ〜しぎに夢〜を〜 しかわかんない」
『あるよぉ!2番の歌詞だけどね。でね、その頃はその通りだったの』
「…というと?」
『愛を知らなかったの、幼いなりに考えて導き出した答えが、それ。愛なんて、神様がひっそりと与えてくれるんだって。』
「なつめのお父さんとお母さんは?」
『それもそう。お父さんとお母さんからの愛もね、直接届くことなんて、実際少ないじゃない。』
「なるほどね」
『だからどうしてもね、何かあると、神様がWその日突然に大きい愛をくれたんだWって』



なんだか哲学的で難しい話になってきた。でも彼女の思いを知ることは楽しい。俺にないものを持っている君を、もっと知りたいと思うから。



『もちろんコンスタントに届けてくれるのよ、毎日。でもね、あくまでも、間接的。』
「難しいね」
『そうだね…でもね、私たちもう小さくないじゃない』
「まぁ…高校生だね」
『だからね、神様はもう愛を届けてなんてくれない』
「?」
『優しさに包まれるのも、奇蹟を起こすのも、神様じゃないの。自分なの』
「どういうこと?」
『今までは神様がくれたでしょ。でももう、神様はいない。私は自分で大人になれたんだなぁって』



ますます意味がわからない。そうこうしているうちに2人とも食べ終えた。
向かいに座っていたなつめを呼んで、俺の脚の間に座らせる。小さい華奢な身体は俺の中にすっぽりと収まってしまう。シャンプーの微かな香りが鼻をくすぐる。
なつめの頭の上に軽く顎を乗せて、続きをどうぞ、と言う。どこまで話したっけ?となつめが笑う。



『えっと〜あ、そうそう!…自分で大人になれたの。もう愛を誰かから与えてもらう立場じゃなくなったの』
「へぇ」
『私が今こうやって精市といる、精市を好きだと思う。精市が私を好きだって言う。』
「うん。…なんか照れるね」
『それって、自分で愛を見つけたってことだと思う。私が精市との関係を見つけた時、愛をね、見つけたの。』
「なつめって時々すごい男前なことを言うね…」
『お、男前?そうかなぁ…でも、精市を好きなのは、神様が導いたからとかじゃない。』



ようやく話が掴めた。
俺と出会った日、それがなつめの神様とさよならした日。そう言いたいんだな。
そうして、なつめは愛をW届けてもらうWんじゃなくて、W送り合うWことを知った。

俺からしたらたまらなくちっぽけなことだけど、彼女からしたらここまで悩むんだから、相当な議題だったのだろう。
そう考えていたら無性に愛らしくてたまらなくて、抱きしめる腕に力を込める。



「それ、俺のことすっごく愛してくれてるって捉えて、いいんだよね?」
『もちろんだよ。私が何年精市のこと好きだと思ってるの?』
「お互い様だよ、それ言われたら。」



ふふふ、と2人で微笑み合ってから、皿を洗いにキッチンに立つ。
こうして並んでキッチンに立ったら、なんだか新婚さんみたいだね、なんて言ったら君は頬を赤く染めた。

考えていることはいつも独創的だけど、その裏にいつも俺がいるのなら、この先も振り回されてもいいと思った。
もの言う口は冷静だけど、所々の仕草が女の子らしかったり、もっともっと君のいろんな面をこの目で見たいと思った。


美味しい昼食の後は昼寝でもしようか。庭沿いの窓を開けて、春の野の暖かな風を、木漏れ日を感じながら。

くちなしの香りの優しさに包まれながら。



喜びを運ぶ、晴れた日の昼下がり。












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