SHORT

□眠れぬ夜は
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窓の外を眺めれば、白い月が夜空に座って、金色の雲が周りにひれ伏す。まだ寒さの残る晩冬の夜。
眼下の公園には外灯だけが煌々と息をして、照らされる遊具たちはすでに眠りについている。

こんな時間に外を出歩く人間は、まずいないだろう。



そぉっと窓を開けてベランダに出る。カラカラというサッシの音と窓枠を伝う寒気が、彼を起こしたらたまったものではない。
幸せそうな寝息のもとをすり抜けて、今こうして外をぼんやりと眺めているのである。

冷気に目がさめる。

静寂の王様、満月の周りには雲はなく、なんだか自分がちっぽけに思える。
愛する人と眠る幸せを感じているのに、目がさめてしまったこと。この月はそれをいつもよりナンセンスに感じさせた。

不安があったり心配ごとがあるわけではない。それでも今日はなぜか、彼の脈の音に体がうまく沈んでいかなかった。

天井の板の目を数えても、羊を数えても、眠りにつくことはできなかった。
そして今、夜空を見上げているわけだ。



肩にふわっと何かが乗った。そしてその上からまわされる温もりが、愛しい人の腕だとわかる。

『カーディガン。風邪ひいちゃうよ』
「…精市。起こしちゃった?ごめん」
『いや、いいけど…。寒いし部屋戻ろう?』
「…うーん、もう少しだけ。」
『じゃあ…なつめが風邪引かないように、後ろから抱きしめてもいい?』
「…うん」

いつもより幾分か甘えたがりな彼こそカーディガンを羽織れば良いのに。きっと自分のことなんかより私のことが心配なのだろう。彼の性分だ。
微睡みの中でも私を思ってくれるのだと思うと、心の中が温かいオレンジ色に染まった。



そっと左手を空に伸ばした。
手の甲を上にして、指をまっすぐに伸ばして。そうして左手の爪の延長線上の月を望む。

『何してるの?』
「指輪。」
『指輪?』
「うん。こうするとね、このシルバーリングの上に月が乗っかるの。」
『ふふ、なつめはロマンチストだね』
「そうかな」

指輪。精市が私にくれた、たった1つの指輪。

まわされた腕が少しきつくなった気がした。

「月ってさ、こうやって見ると指輪に乗りそうなくらい小さいのに、全然そんなことないよね」
『そうだね』
「精市も同じだよ…。私の隣にいる精市は、私より少し背が大きくて…たったそれだけなのに、私にとっての存在は大きいんだよ」
『…そっか』

この指輪の存在もとてもとても大きくて、左手の薬指だけでは支えきれそうにない。
眠れない原因は、もしかしたらそこにあったのかもしれない。私が精市の隣を歩むこと。それに対する小さくて大きな思い。

私は、あなたの側にいる。
それは月が片時も地球から離れないように。
それは月が欠けては満ちてを繰り返す、普遍の事実と同じように。



『なつめ…そろそろ部屋に戻ろうよ』
「うん、ごめんね」
『眠くなってきちゃった…明日早いし…』

部屋に入って鍵を閉め、カーテンを引く。月明かりは遮られた。

ベッドに先に入った彼は腕を広げて、おいで、と言った。その声は甘く低く柔らかさを含んでいて、耳馴染みの良い大好きな音色だった。

彼の広い胸に顔をうずめる。ひんやりとした布地が頬を撫でる。

「おやすみ」

そう言う前には彼は寝てしまっていた。
私はまだ眠れそうになかった。でも、もう天井の板の目も、羊も数えない。

替わりに、あなたが今日までにくれた愛を数えながら、夢を見ることにする。




明日は、あの窓辺の月と同じような色のドレスをまとって、花の舞う道の上を歩く。
もうすでに夢の中のあなたは、どんな顔をして明日を望むだろう。

2人がいつまでも、月明かりに照らされて、幸せに暮らせることを願いながら。
そっと目を閉じた。



もう一度。
「おやすみ、精市」






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