Short story

□No.
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*No.*



俺の後輩である財前には彼女がいる。
どうやら高校で出来たみたいだ。もとから顔も良い財前は中学でも告白は、数え切れない程されていた。しかし、どれも断っていた財前なのだが、とうとう財前にも春がきたようなのだ。
先輩である俺も、喜ばしいことだと思う。
財前に彼女がいることを知ったのはテニス部で一番最後だったのだが。
「謙也さん、俺の顔を見詰めんといて下さい。」
「え?そんな見詰めておったん?ええやん、そない照れなくても。」
「キモいっすわ、照れるどころかしばいたろか思いましたわ。」
「しばいたらどつくで。」
「どついたら死なすど。」
財前は着替える手を止め、俺をギロリと睨む。
それはいつものことだ。
財前は目付きが悪い。よく言えば目元は涼しげ、悪く言えば勿論目付きが悪い。
こんなやつのどこがいいのだろうか。横暴で愛想が無くて、目付きも悪い。いつも気だるそうで、口も悪い。良いのなんて顔だけだ。
こんな奴を彼氏にする彼女の顔が見てみたい、と思い、前に見たのだが、それはべっぴんさんだったわけで。それに、財前によく似ていた。財前を女にしたような、涼しげな容姿をしていた。
「ほら、はよ着替えろや。遅刻するで?」
「あんたなんてまだジャージのままやないっすか、浪速のヘタレスター。」
「なんやて!?ヘタレスターやないわ!浪速のスピードスターを舐めたらアカンっちゅー話や!」
財前に小馬鹿にされ、俺は馬鹿らしくもムキになり、早着替えをする。そしてあっという間に着替え終え、
「どうや!これが俺の本来の力やで。」
「謙也さん、ボタンかけ間違えとるし、ズボン逆ですわ。ほんまに阿呆やわ、ほなお先に。」
財前から指摘され、俺は慌てて着替え直し、先に部室から出て行った財前を追いかける。
これが俺の、浪速のスピードスターの力だ。あっという間に財前に追い付くことが出来た。
しかし、財前に声を掛けるタイミングを失ってしまった。
何故なら、財前は彼女と一緒に歩いていたからだ。
彼女と、財前の会話が聞こえる。しかし、これではまるでストーカーみたいだ。けれど、普段あんなにツンツンしている財前が彼女の前ではどんな感じなのか、気にならなくもない。正直いって、気になる。
財前と彼女の会話に聞き耳をたてる。
「今日の昼休み空いとる?」
「空いているよ、お昼一緒に食べれる?」
「おん。そんとき、自分が聴きたがってた曲、聴かせたるわ。」
「ありがとう、ずっと聴いてみたかったんだ。凄く楽しみ。」
彼女はふふ、と上品に笑う。そんな彼女に財前は普段は見せないような笑みを浮かべる。
まるで俺らといる時とは別人だ。
財前は彼女の頭を撫で、教室まで送っていた。
その光景を見てしまった俺は、唖然としていた。開いた口が塞がらないとは、こういう時のことをいうのだと改めて知る。



「財前、」
部活の際に、財前を呼び止める。
「なんすか、謙也さん。」
財前は鋭い目付きで、そして如何にも怠そうに言う。
「彼女の前やと全然違うんやな。」
「は?」
財前は不機嫌そうな目付きで俺を見た。しかし、俺はそれ以上言うのを止めた。
こんな無愛想な財前を夢中にさせる彼女は凄いなと、素直に思った。






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