Short story

□押し隠して、押し殺して
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*押し隠して、押し殺して*



放課後の図書室、図書委員の私は当番の仕事をしていた。
しかし、放課後の図書室に訪れる人など居たとしても、片手で数えられる程度で、暇に近いものだ。それに立海は部活動が盛んである為、放課後は皆部活動に専念する。
だからこそ、図書委員会の委員の数も少なく、尚且つ仕事をあまりやらない人が多い為、当番といっても、殆ど放課後は毎日、私は図書室のカウンターに居る。
もともと本が好きだから一年生の時からずっと、図書委員会に入っている。だから、委員会の仕事は嫌いではない。
殆ど人が来ないからこそ、私は図書室の本を読み漁る。三年にもなると、図書室にある大体の本は読んでしまった。その為、最近は純文学にも手を出し始めている。
昨日は小林多喜二の蟹工船、一昨日は川端康成の雪国、その前の日は村上春樹の海辺のカフカ等々。今日は芥川龍之介の杜子春。
さて読み始めようとページを開いた瞬間、図書室のドアがガラリと開けられた。誰が来たのだろうと思いドアの方を見ると、柳君だった。
柳君は週に一度か二度、図書室を訪れる。決まった曜日に訪れるわけでもなく、唐突に。
その日は決まって柳君と雑談をする。その時間が何より好きだ。そして、いつしか、柳君と仲良くなっていた。
それに加えて、新たな感情が生まれた。
それは恋愛感情。
けれど柳君はきっと、そういう感情は一ミリも持ち合わせていないのだろう。思いを伝えたら、気付かれたら、きっとこの関係は壊れてしまう。
この関係のままでいたい。
壊したくない。
柳君はカウンターに近付き、声を掛けてきた。
「いつ来ても、青山が居るのだな。」
「あはは、図書委員ですからね。」
「感心するよ、他の者の当番まで引き受けているなんてな。」
「ありがとう、好きだし、本は。」
柳君に優しく微笑まれる。
「芥川龍之介の『杜子春』か、純文学に興味があるのか?」
「興味がある、というわけでもないんだけど、図書室にある本は大体読んでしまって、唯一手をつけていないのが純文学だったからさ。」
「そうなのか。いいぞ、純文学は。俺はわりと好きだから、好んで読んでいる。」
「そうなんだ、なら色々と読んでみるよ。」
「ああ、そうしてみてくれ。出来れば感想等を聞けると嬉しい。」
「私で良ければ構わないよ。」
そう言うと、柳君は私の頭に手を置いた。それからゆっくりと優しく撫でて、ふわりと笑う。
「それじゃあ、俺は部活に行くよ。このあとも、図書委員の仕事を頑張ってくれ。」
そう言って柳君は図書室を出た。
私は驚きと、胸の高鳴りを抑えていた。
そんな優しく笑わないで欲しい。
そんな優しく触れないで欲しい。
せっかく、押し隠して、押し殺している気持ちが飛び出てしまう。
好き。その気持ちを抑えられそうにない。けど、我慢しなくてはならない。
狡いよ、柳君は。





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