Short story

□翼を折りたたむ日
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*翼を折りたたむ日*




相変わらず部活に千歳は来なくて、俺は毎度のように千歳を探しに行く。
囲碁部に図書室、屋上や校舎裏、今日はそのどれもに居なくて、帰ってしまったのだろうかとも思う。
次で諦めようと思い、俺は教室に行く。三年の階に行くと、丁度同級生の女子達が下校に向かって廊下を歩いていた。俺に気付いた彼女達は、
「白石君じゃん、どないしたん?」
「相変わらず格好ええなあ、見惚れるわあ。」
等と声を掛けてくる。
俺にとっては鬱陶しいものでしかないのだが、無下にするわけもいかず、毎度の作り笑いをし、
「千歳探しとるんや。自分らも千歳見つけたら、部活行けって言っといてくれへん?」
と言うと、彼女達は嬉しそうに笑い、
「任しとき、白石君の頼みなら言っとくわあ、部活頑張ってな。」
「おん、帰り道は危ないさかい、気を付けて帰るんやで。」
そう言って、ひらひらと手を振ると彼女達は嬉しそうな笑みのまま去って行った。
千歳のクラスを見ても、人ひとりおらず、俺は諦めることにした。
そういえば、部活で使う筈だったタオルを教室に忘れてしまっていたことに気付き、自分のクラスへと向かう。この時刻なら多分、誰もいないのだろうと思ったが、教室にはひとり青山が居た。
青山とは特に仲が良いわけでもない。接点も特に無い為、あまり話したことがない。とはいえ、三年間同じクラスであるということが接点なのかもしれないが。
日直の仕事ではないのだろうし、どうしたのだろうかと気になりたずねる。
「青山さん、どないしたん?」
「白石君か、美化委員会の集まりが今日あってな、それで掃除用具の点検して帰ろと思ったんやけど。白石君こそ、どないしたん?」
「俺は部活で使うタオルを教室に忘れてきてな、それを取りに来たんや。って言っても、本来は千歳を探してたんやけどな。」
「それはあの女子達が探してきてくれるやろ。」
あの女子達=B青山は俺と彼女達の会話を聞いていたのだろうか。それも無理はない。関西人は声が大きい、特に彼女達はその分類をはみ出るくらいに声が大きかった。
青山はあの分類の女子を毛嫌いしているのだろうか、声に呆れた感情がこもっていた。けれど、青山はあの分類の女子達とも仲良くやっていた覚えがある。
俺はいつもの作り笑いを浮かべ、
「はは、聞いてたん?」
「おん、作り笑いを浮かべながら話しているんやろうなあって思いながら聞いてたわ。盗み聞きするつもりはなかってん。」
作り笑い、と言われて、青山にはバレているのだなと気付く。
そう言われ、俺は作り笑いをやめる。
「別にええんやけど。作り笑い、気付かれてたんやなあ。」
「私もやけど、疲れないん?面倒やし、うっとくないん?」
「荒波は立てないのに限るやろ。自分にはバレとるようやから、わざわざ浮かべずに済むけど。」
「ならあれやね、今日は白石君の翼を折りたたむ日や。」
翼を折りたたむ日。青山はそう比喩し、乾いた声で笑う。
「おもろい表現やなあ、せやけど、それやと俺が天使のようみたいやん。」
「白石君は女子達にとっては天使みたいな存在やろ、だから天使や。」
「はは、さよか。」
俺も青山と同様、乾いた声で笑う。
気を遣わないというのは物凄く楽だ。まるで彼女の言う通り、天使というイメージを貼られ、その重みに疲れ、翼を折りたたむような、そのような感じがする。
「青山さんと話すのは楽やわ。」
「それは良かったわ、翼を折りたたみに来たかったら、いつでも来てや。」
彼女は可笑しそうに笑うものだから、俺もつい釣られて笑う。
「青山さんに惚れそうやわ。」
「そんなことしたら、天使でなくなってまうよ。悪魔に恋する天使は、天使やないもの。」
「悪魔?」
「おん、天使に羽をたたませ、その心を地獄に引き連れようとする悪魔や。」
青山はまた可笑しそうに笑い、部活頑張りいや、と言って教室から出て行った。
翼を折りたたむことを知った俺はどうしたらいいのだろう。
明日も話せないだろうか、なんてつい考えてしまうのを抑え、俺は部活に向かった。





翼を折りたたむ日
──どうやら悪魔に天使は恋をしてしまったようで、どうしたものでしょう




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