Short story

□スピカの標本
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ふと目が覚めた。きっとこんな夜中に目が覚めてしまったのは、春の終わりだからか、じんわりとした微妙な暑さのせいだろう。
腕に若干の重みを感じる。
隣を見てみれば、すやすやと規則正しい寝息を立てながら、俺の腕を枕代わりにして眠る彼女の顔があった。
彼女を起こさぬように、そっと腕を抜いて、腕の代わりに枕をはさむ。
「ん、」と声がした。起こしてしまっただろうか。そう思ったのだが、彼女は起きておらず、寝返りをうった。
そして部屋内のこのじんわりとした暑さを入れ換えようと、そっと、窓を開ける。
すると気温に対してわりと冷たい風が部屋の中に吹き込んできて、俺の頬を撫でた。
これで眠れる、そう思ったのだが、一度完全に起きてしまった身体は眠くないようで、俺は遠くから彼女の顔を眺めることにした。
中学2年の時に告白して、今はもう高校2年になって、約3年間付き合っている彼女に対して、俺は不満は何一つない。彼女は淡白で、俺と似て無口で、だけど欲しい時に欲しい言葉をくれる彼女は、俺には勿体無いと思う。かと言って、他の奴が彼女を幸せにする、ということも腸が煮え返るほど嫌でもあるのだが。
笑う彼女はいつ見ても好きで、時々見せる不機嫌な顔も何故か可愛く思えてしまう。
逆に彼女は俺に不満は無いのだろうか。きっとあるのだろうけど、言葉にはしないでいてくれているのかもしれない。
メールはマメじゃ無いし、部活で一緒に出かけたりもあまり出来ない、無口であまり楽しく無いだろうし、気にかけてやれる器用さも無い。
やはり、勿体無い。
男子にとって理想の女の子の見本のような彼女は、俺には勿体無い。
そろそろ寝ないと明日の部活に支障をきたすかもしれない。そう思い、俺は彼女の眠っているベッドの横に横になろうとすると、


「眠れないの?」


彼女は体を起こして、そう聞いてきた。
彼女はまだ少し眠そうな目だが、寝ぼけているわけでもなさそうな表情。


「少し暑くて目が覚めてしまったんだ。起こしてしまったのなら悪かったな」
「ううん、大丈夫。もう寝る?日吉君が寝れないようなら、私も起きていようかな」
「それは悪いから、寝てろ」
「日吉君が起きてるなら起きてる」


彼女が時々見せる頑固さは、かなりのもので、此度も言うことをきいてくれなかった。
それも何だか可愛らしく思えてしまう俺は、余程彼女のことが好きなのかもしれない。


「青山は、俺に不満とかないのか?」
「特にこれといったことはないけど」
「そんなことないだろ?何でもいいから言ってみろって」
「何でもいいの?」
「ああ」


「あのね」そう言って彼女の言葉のあとに少しだけドキドキする。
自分から言えと言ったのに、何を言われるのか少し怖く感じてしまう。


「日吉君がモテるのは、素敵なことなんだけど、ちょっと嫌だなあって。モテなければ良いのになって」


俺がどきどきして聞いたものは、俺への不満ではあるものの、そうではないものだった。
そんなことか、と聞けば、


「うん、そんなこと。バレンタインデーとかお 誕生日とか、一番最初に祝いたいのに、プレゼントを渡したいのに、大体は他の女の子に先越されてしまうのが残念」


好きな女子にこんなことを言われて、嬉しくならない奴はいないだろう。
俺は彼女を思わず抱き締めた。


「青山以外からは貰わない」
「それもそれで可哀想だから貰ってあげて」
「断る」
「駄目です」


そう言って額にキスをされたらもう、俺はまた抑えがきかなくなってしまった俺は悪くない。




スピカの標本




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