TOA 1
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グランコクマにはいくつかローレライ教団の修道院があるが、リタとウィルハイムは派手な事を嫌った為か庶民が使う小規模な修道院で式を行ったらしい。
エドガーの元へ行くと手紙を残し、小さな鞄一つで孤児院を飛び出したユナはその修道院に寄っていた。
昔リタに聞かされた結婚式の話を思いだしながら。
小さかった自分や、他の女児らとその話を聞いて憧れを抱いていたものだ。
「女性は愛されて結婚すべきよ!」
政略結婚や、人身売買のような結婚が罷り通る世の中でリタは育てた孤児達を幸せに導く為に信念を言葉にしてきた。
リタが元気であれば、間違いなく叱られるであろうユナの行動は本人も後ろめたさを感じている。
創世歴時代の宗教画を見つめながらユナはポツリと呟いた。
「おばあちゃん、ごめんなさい」
実は血が繋がっていたと、聞いた時に嬉しい気持ちもあった。
黙って他の子どもたちと分け隔てなく育ててくれた事に感謝もあった。
物心ついた時には既にリタに育てられていたので、父母の存在は正直どうでもいい。
エドガーの話によると二人が結ばれた事は悪い意味で偶然だった。
その偶然と今の状況に恨みを少し感じるが、そっと心の奥にしまいこんだ。
心の傷を癒すかのように優しくて強いリタとの思い出を馳せながら、しばらく涙を流していた。
ローレライを神々しく描いたステンドグラスが朝日を受け、礼拝堂にいたユナの体を暖める。
泣き疲れたユナは目を閉じその場で眠ってしまった。
──「見つかりませんでしたね」
「夜が明けてしまったな」
ピオニーとアスランの乗る馬車にも朝日が照らしていた。昨日の雨雲は気流に流され青い空が見えた。
「お辛いでしょうが、しかし公務もありますので宮殿へ帰りましょう」
「あぁ、わかってる。空いた時間にまた探すのを手伝ってくれな」
女を探す男の顔から、皇帝へと切り替えたピオニーは宮殿へ帰っても何事もなかったかのように振る舞った。
──ユナを隠す為にエドガーは孤児院へ行く途中で式を挙げる予定の修道院へ立ち寄った。
教会の隣にある律師達が住まう施設の門を叩く。
「早朝に申し訳ありません。当日の参列者に変更がありまして。少しお話を宜しいですか?」
「えぇ、隣の礼拝堂を開けましょう。
そこでお話しましょうか」
鍵を持った律師が、不思議そうに扉をあけた。
「おや、開いてるなぁ。昨夜は鍵をかけ忘れたか?」
開けてみると、中に女性が一人倒れているのが見えた。
見覚えのある姿にエドガーが駆け寄って抱き上げた。
「何故こんな所に……」
見ると、近くに手荷物がある。
未だすやすやと眠るユナの顔を見て、表情には出さないが内心助かったと思った。
(逃げるつもりだったか)
「お知り合いです?」
心配する律師に話しかけられ、エドガーは笑顔で答えた。
「私の花嫁さんです。
マリッジブルーというやつでしょうか。最近浮かない顔をしていましたから。
そうだ、お願いしたいことがあります。どうか式までこの花嫁をここで預かってくれませんか?」
「えぇ!?それは困ります!
そもそも、その方が納得されますでしょうか……」
慌てる律師にエドガーが笑顔で釘を指した。
「参列者に変更があると言いましたが実はピオニー陛下がここへ来ることになりまして」
「!?なんと、そのような事が!」
「ですから、式の失敗は許されません。
花嫁の重圧も大層かかっているようですし、当日リラックスできるよう式まで
この修道院で暮らすのは名案だと思えませんか?」
式の失敗、という言葉を聞いて律師自身も同時に重圧を掛けられエドガーの言う通りにせずにはいられなくなった。
(人の心を操るのはなんと容易いことか……)
「逃げないように、また、ここに彼女がいることを漏らさぬようお願いします」
エドガーは抱いていたユナの額に口付けを落とすと律師に預けた。