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「こんな大切な日を放っておけないそうです。
……それに、待つのもワクワクして楽しいそうです」
フィリップの口から次々と出てくる言葉は全てユナの言葉だった。
一言一句忘れなかったその言葉は全てジェイドに聞かせてやりたいと思っていたからだ。
ユナはフィリップに庇ってもらった嬉しさと、ジェイドの前で伝えられる恥ずかしさで頬を染めた。
「ジェイド様、日頃言葉にはしておりませんが我々もユナさんと全く同じ思いでおります」
長年支えてきたフィリップとゲイリーがそれぞれ真っ直ぐジェイドを見た。
忙しく滅多に帰って来れない主人だが、自らの生活を犠牲にしてでも支えたいという思いを今やっと言葉にできた。
「………もういい。
もう、わかったから」
ジェイドのため息をつきながら眼鏡のブリッジをあげる様はどこか照れているようにも見えた。
見守っていた三人は安堵した。
「じゃあパーティーは仕切り直しですね!」
取っていた犬耳カチューシャを再びつけると、
スカートの裾を翻してパタパタと準備を始めるユナ。
賑やかな環境は嫌いなはずだが、何故かこの少女が作る空気に包まれているのは悪くないと思えた。
それにあのフィリップが自分以外の人間を擁護するとは、珍しい。
この短期間でおそらくフィリップの心をも捉えたのだろう。
ユナには人を惹き付ける不思議な魅力があるらしい。
しかも懐が広く、どんな人間も包み込んでしまい、なかなか離してはくれない。
そんな能力も本人は自覚が無いのだから
余計に怖い。
「ジェイドさん、乾杯しましょ?」
物思いにふけっていると、グラスを二つ持ったユナに顔を覗きこまれた。
黒い瞳が二つ、自分を見つめる。
黒は全ての色を吸収してしまう色だ。吸い込まれそうになるのを避け、ジェイドは自身の赤色の瞳を閉じた。
「ジェイドさん?」
「……なんでもありません。では、行きましょうか」
グラスをもらって立ち上がると、フィリップがカメラを持って待っていた。
「陛下から写真を頼まれまして、何枚か撮ってもよろしいですか?」
「構いませんよ。では、ユナも一緒に」
「私もですか?写真初めてで嬉しいです!」
薔薇の花に囲まれる形で二人は立った。
背中や耳元から、薔薇の香りが身体中を擽ってくるようだ。
「良い匂いですね」
「えぇ、薔薇の甘い匂いは媚薬にも使われる程のものです」
「ビヤク、って何ですか?」
「お子様には教えられません」
「えーー……」
頬を膨らますユナを隣で見つめ、悪戯な心が芽生えたジェイド。
「では撮りますよ〜」
「はい!」
「1、……2、……3!」
カメラのシャッターが切られる直前にその可愛い頬へ唇を寄せた。
「え!?」
薔薇の香りとは違うジェイドの香水が一際香ったと思えば、頬に柔らかな感触があったような、なかったような……。
あまりに一瞬の出来事なのでユナは眩しいフラッシュによる幻を見ているのだと思うしかなかった。
既に離れているジェイドを横で確認するが澄ました顔だ。
ファインダーごしに全てを見ていたフィリップが笑うのを我慢している。
「もう一枚撮りますか?」
「いえ、宣戦布告にはその一枚で十分でしょう」
「??」
一人会話に置いていかれるユナは首を捻った。
自分に信頼を置きすぎるピオニーへの忠告をこめて。
ジェイドは意味ありげに含み笑い
をした。
(こんな状況を作った罪をしっかり感じていただきましょうか)