TOA 2

□5
1ページ/7ページ

「……」

ジェイドの執務室に紙が擦れる音だけが響く。

やっと届いたベルケンドからの手紙は部下であるサラ・レーニーの精密検査の結果が記されてあった。
予想通りであったその内容に感情的な反応もなく、ジェイドはそれをデスク下にある鍵つきの棚へとしまった。


そして目線は再び卓上へ。

軍事演習を行うそれぞれの配置案を広げ思案している最中だった。
一枚手に取ると眉間に皺を寄せた。




しばらくすると執務室の扉を叩く規則的なノック音が響く。ジェイドはすぐに応じた。

「どうぞ」

「失礼します。サラレーニー、ただ今第3、第4連隊を連れて帰還致しました」

サラの表情からはジェイドを敬愛する気持ちが現れていた。


「すみませんね、休暇中であったのに隊の招集を頼んで」

「いえ、ベルケンドから近い所にございましたから。

それより、その節はご配慮いただきありがとうございました」


長く厳しい任務を与えていた彼女の体力の消耗を怪訝し、ジェイドはベルケンドで精密検査を兼ねた長い休暇を与えていた。
顔色が良くなったと見てとれたその姿を確認し、手に持っていた配置案を渡した。

「私が一人で考えたものですので改善の余地はありますが」


おそらく顔をしかめるだろうと予想していた。酷な判断を下すジェイドは、しかし逃げる事なく真っ直ぐサラを見つめる。

紙から目線をジェイドに向けたサラは感情を出さないよう努めているようだが、しかし震える声音で意見した。



「……何故我が隊をいつものように前線へ立たせてはくれないのでしょうか。

私の力量が落ちた、と言うことですね」

「サラ、これは演習ですから」

「……」


しかしこんな大規模な演習、近く始まってしまうケセドニアでの戦を意識したものだ。急に始まる事になればおそらくこの案のまま陣を敷く事になるだろうと予想できた。


「……それとも私の体に異変でもあったのですか?
何故か検査結果を教えてもらえませんでした。大佐の方に送ると」



「あぁ、それに関しては今ここでは話せません」

ニコリと貼り付けた笑みを浮かべたジェイドを見てサラは嫌な予感しかしなかった。
ジェイドの表情と声音でいつも彼の腹を探っている。
しかし、今回は全く予想外の事を聞くことになった。



「今夜私の家でお話ししたいのですが、どうでしょう?

久しぶりのグランコクマですから、もう予定は入れてしまいましたか?」


「……は?………えっと、……え?」


整ったサラの顔が崩れた。
クスリと自分の感情から自然に笑ったジェイドの顔を見て頬に赤みが増していくようだ。

「完全なプライベートの時間にゆっくりと話したいものですから。
どうぞ私服で気軽に来てください」



「い、いえ!私なんかが大佐のご自宅に上がるなど畏れ多くて、」

プライベート?私服?
サラの頭の中はパニック状態にあり、演習の不満など既にどこかへ吹き飛んでいた。



「サラ、忙しいので返事だけ下さい」

「は、はい」

「では、19時にご自宅へ馬車を向かわせます」


あっという間にジェイドに言いくるめられる形になってしまった。
サラは執務室の扉を閉めると、書類を握りしめどんよりとしたため息をついた。


まともな理由を聞けないまま自分の束ねる兵士らに演習の件を報告せねばならない。
いや、それよりも今夜着ていく服がない事も気掛かりだ。
心配事が次々と浮かべば、まんまとジェイドに翻弄される自分に辟易した。


「ジェイドに苛められたか?そんな顔してちゃ美人が台無しだぜ?」

「陛下!」

「なんだ、悩みがあるなら聞いてやるぞ。これでもあいつの親友だからさ」


慌てて臣下の礼をとるサラに、一人でフラフラと軍部を彷徨いていたピオニーは暇潰しを発見しニヤリと笑った。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ