TOA 3
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─────「まぁ簡単に幻覚だと結論づけるのは良くない。スパイの噂と関連が無いか夜が明けたら慎重に捜査をしてくれ」
「仰せのままに」
連れて行かれたのはピオニーの執務室。彼の懐刀であるジェイドの姿が見えたとの騒ぎであった事から深夜にも関わらず取り調べは皇帝の御前で行われた。まさかここへきてスパイがジェイドであるなんて誰も考えはしなかったが、
妄言を語るメイドが疑わしいとは誰もが簡単に思うだろう。
疑われている二人に顔を上げて良い権利などない。久しぶりにピオニーを近くで感じる事ができたというのに、こんな失態は恥でしかない。しかし表情を見られなくて助かったという思いもあった。
「アンネ。顔を上げて。」
先輩の名が呼ばれる。下働きである私らメイドのファーストネームでさえ覚えてくれているのがピオニーらしい。ユナは下を向きながらピオニーの変わらない態度に、不謹慎ながら強く惹かれる。
「……はい」
「偶然居合わせたと言うが、君はいつもあの庭に?……だとしたら感謝する」
感謝?何でだろうと考える間もなく次に自分の名を呼ばれた。
「ユナ、ジェイドのこと詳しく聞かせてくれないか」
「は、はい!」
何故か人払いをするピオニー。最後の人物が扉を閉め終えれば執務室にはいつもの静寂が戻った。こんな状況でいったい何を喋ればいいのかと、顔をあげる事を許されたにも関わらず俯いていた。
「ジェイドが心配か?」
「……!?」
言われて顔を上げれば、心配そうに自分の表情を伺うピオニーがいた。
「どんな風に見えた?ユナがそんな風に酷く取り乱すなんてな。
皆の前で言いにくい事もあるだろ、俺の前では言えるか?」
「……ありがとうございます、陛下」
今やっと緊張の糸が解けたように、ポロポロと涙が溢れた。
「本当は認めたくなかったんです……。とっても不吉で。
……私の目には薄ぼんやりとした、まるで肉体の無いようなジェイドさんが立っている姿が見えました」
「そうか、……それはまるで幽霊だと?」
「……っ」
首をブンブンと左右にふって否定する。幽霊が現実でジェイドにもしものことがあったなんて、考えたくもなかった。
「ちがっ……絶対に違います!
妄想や幻覚が見えたんだって言って下さい!じゃないと、私……っ」
「落ち着けユナ、大丈夫だから。ほらゆっくり深呼吸して」
過呼吸になりかけ、身体の末端から痛々しい程の冷えを感じていたがピオニーの腕に包まれ温かさを取り戻していった。
「大丈夫だ、あいつが簡単に死ぬわけがない。それにもし死んだとして俺の所に一番に祟って来そうだろ?」
最後に付け加えられたピオニーの優しい冗談。おかげで涙は止まった。
「幽霊でもない、しかしユナは本当にそれらしい何かを見たのだろう。俺は信じるぞ。ユナは強い。妄想なんかに振り回されるような娘じゃないってな」
「買い被りすぎです。
私、そんなに……、」
「いいや、俺は影ながら見てきたからな。
どんなに辛くても卑屈になったり諦めたりしない姿。真面目すぎるのが気がかりだが、しかしユナの良いところでもあるんだ……。
何でそこまで頑張る必要がある?って、俺が聞くのは愚問になるのかな」
皇帝としてのピオニーにそんな言葉をかけてもらえたのなら、畏れ多くて素直に喜びは表現できなかったのかもしれない。
しかし、今自分の目の前で膝を折って同じ目線に合わせてくれる彼がそう言うのだから、自然と嬉しさは表へ出せた。
「私を見て下さって、ありがとうございます……。
でも、そんなのピオニーが聞くのはやっぱりおかしいですからね!」
二人きりの時だけに許された名を呼べる喜び。
ピオニーの背中へ自分の腕を回し抱き締め返し、ぴったりと半身を押し当てれば高鳴る心臓や本音も丸ごと彼に見せているようだった。
恥ずかしい……でも、内に隠しきれないこの愛情が伝われば嬉しい。
「ピオニーとジェイドさんの側にいたいからですよ。私の大切な二人……ですから」
ピオニーは満足そうに笑った。まるでその言葉を噛み締め、幸せを味わうように。
「ジェイドに悪いから、触れるのはここまでにしよう。でもきっとあいつからも礼が言いたいだろうから俺とジェイドからってことで
愛を受けとれ、ユナ」
そう言ってピオニーはユナの頬に優しくキスをした。
暖かい愛情を受けとれば、やはりこの事件の真相を突き止めたいと力が湧いてくるようだった。